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「最初は嫌すぎた」…! プロ野球"元守護神"セカンドキャリアは「45歳で営業職」—球団初「選手出身」営業部長になるまで

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小山田保裕さん
広島東洋カープ、横浜ベイスターズで活躍し引退後、球団職員に転身した小山田保裕さん(写真:筆者撮影)
  • 浦上 早苗 経済ジャーナリスト、法政大学MBA兼任教員(コミュニケーションマネジメント)
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プロ野球は1試合で大きなお金が動くスポーツビジネスでもある(写真:筆者撮影)

ファンクラブの仕事にやりがいを感じていた2021年夏、小山田さんのキャリアに大きな転機が訪れる。希望を出したことも、意向を確認されたこともない「営業部」のグループリーダーの内示を受けたのだ。

小山田さんにとって営業は「ノルマに追われ、電話をかけ続ける……厳しくてつらい仕事」という漠然としたイメージしかなかった。

「社長ら幹部3人に『勘弁してください、何で僕が営業なんですか』と抗議に行きました。『営業やるくらいなら辞めたい』とまで言ったかもしれません」

社長らには「指名したのは我々だから、思いきりやってくれればいい。ダメだったら考えるから」と励まされたが、「やりたくないという気持ちが強すぎて、すぐには受け入れられなかった」。それでも受諾したのは、「後輩のキャリアを広げるため」との言葉があったからだ。

「新しい挑戦」と自分に言い聞かせたが、家に帰ると「やっぱり嫌すぎて夜も眠れませんでした」。

配属された営業部には、選手出身の北川利之さん、加藤政義さん、中後悠平さんが働いていた。彼らに「せっかくだから楽しんだ方がいいですよ」と声を掛けられても、「何を楽しむんだ」と気持ちは晴れなかった。

選手と営業の共通点

ベイスターズの営業の業務は多岐にわたる。球場看板やユニフォームの広告枠の販売、冠ゲームの実施、サプライヤースポンサーの獲得。

最近は野球振興や地域貢献の協業も広がっている。今年3月に横浜市にオープンしたエンターテインメント施設「THE LIVE Supported by 大和地所」の広告営業も担当する。

関内駅前に3月にオープンした複合施設。入居するTHE LIVE内の広告や命名権も小山田さんの部署が担当する(写真:筆者撮影)

広告を出してもらうだけでなく、クライアントとの協業が増えていることから、組織名も今年1月に「営業部」から「パートナー共創部」へと変わった。

「お問い合わせをいただいてセールスに行くこともあれば、スポンサーになっていただきたい企業に架電して提案にうかがうこともあります。はい、完全な営業です」(小山田さん)

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【野球と営業の共通点とは】

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