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「最初は嫌すぎた」…! プロ野球"元守護神"セカンドキャリアは「45歳で営業職」—球団初「選手出身」営業部長になるまで

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小山田保裕さん
広島東洋カープ、横浜ベイスターズで活躍し引退後、球団職員に転身した小山田保裕さん(写真:筆者撮影)
  • 浦上 早苗 経済ジャーナリスト、法政大学MBA兼任教員(コミュニケーションマネジメント)
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現役時代の小山田さん(写真:小山田さん提供)
背番号は41だった(写真:小山田さん提供)

小山田さんは2002年にカープ球団史上初の30セーブを挙げ、強烈なインパクトを残した。オールスターに出場し、2度の完封勝利も記録したが、現役生活はケガに泣き手術を繰り返す日々でもあった。

2007年オフにトレードで横浜ベイスターズに移籍。1年目は39試合に登板し活躍したものの、再び右肩を痛めて手術に踏み切る。

「移籍3年目の2010年はクビを覚悟していました。手術までしたのだから、ぼろぼろになるまでやろうと、トライアウトを受けるつもりでした」

だがシーズン終盤、球団から職員転身の打診を受け、数日考えて引退を決めた。外様の自分を必要としてくれたことが、何よりも嬉しかった。

「何で僕が営業なんですか」社長に抗議

2011年から7年間は野球振興部門に所属し、野球教室やジュニアのコーチを務めた。選手時代の延長であり、いわば得意分野だった。

本当の意味でのセカンドキャリアのスタートは、業務委託から正社員に転換し、ファンクラブ運営部門に移った2018年だといえる。ファンクラブの設計や会員獲得を担当したが、ビジネスの勝手がわからず苦労した。

「何もわからないから、毎日球場のファンクラブブースに立っていました。そしたらファンの人たちが話しかけてくれて。要望や改善案をたくさんいただき、コミュニケーションを通じて仕事を覚えていきました」

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【営業部への配属で夜も眠れなかった】

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