小山田さんは2002年にカープ球団史上初の30セーブを挙げ、強烈なインパクトを残した。オールスターに出場し、2度の完封勝利も記録したが、現役生活はケガに泣き手術を繰り返す日々でもあった。
2007年オフにトレードで横浜ベイスターズに移籍。1年目は39試合に登板し活躍したものの、再び右肩を痛めて手術に踏み切る。
「移籍3年目の2010年はクビを覚悟していました。手術までしたのだから、ぼろぼろになるまでやろうと、トライアウトを受けるつもりでした」
だがシーズン終盤、球団から職員転身の打診を受け、数日考えて引退を決めた。外様の自分を必要としてくれたことが、何よりも嬉しかった。
「何で僕が営業なんですか」社長に抗議
2011年から7年間は野球振興部門に所属し、野球教室やジュニアのコーチを務めた。選手時代の延長であり、いわば得意分野だった。
本当の意味でのセカンドキャリアのスタートは、業務委託から正社員に転換し、ファンクラブ運営部門に移った2018年だといえる。ファンクラブの設計や会員獲得を担当したが、ビジネスの勝手がわからず苦労した。
「何もわからないから、毎日球場のファンクラブブースに立っていました。そしたらファンの人たちが話しかけてくれて。要望や改善案をたくさんいただき、コミュニケーションを通じて仕事を覚えていきました」
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【営業部への配属で夜も眠れなかった】
