保護者の方にも、そうした姿勢を大切にしていただけたらと思います。
例えば以前、お子さんが長く学校に行けない状態が続いていたご家庭がありました。お母さんは「何とかしなければ」と焦りながらも、あるときから思い切って関わり方を変えました。
「学校に行きなさい」と言うのをやめ、「今日はどんなことをして過ごしたの?」と日々の小さな会話を大切にするようにしたのです。そして、ゲームでも動画でも、「それが今、この子に必要な時間かもしれない」と受け止めるようにしたそうです。
最初は何も変わりませんでしたが、数週間たったある日、子どものほうから「ちょっとだけ外に出てみようかな」と外に行き、それをきっかけに少しずつ生活のリズムが整い、やがて自分から学びに向かうようになっていったそうです。
保護者の方が後から話してくださったことで印象的だったのは、「あのとき、無理に動かさずに待ったことで、この子は自分で動き出したのだと思います」という言葉でした。
もちろん、すぐに変化が見えるとは限りません。それでも、子どもにとって「どんな自分でも受け止めてもらえる場所」が家庭にあることは、次の一歩を踏み出すための大きな力になります。だからこそ、「大丈夫」と言い切れなくても構いません。不安を抱えながらでもいいのです。
先生方も不登校の子に、わが子だと思って愛情を注ぎ続けてほしいと思います。そして、「この子は必ず将来、この経験が役立つ」と、信じて関わってみてほしいと思います。その関わりが、子どもが自分で一歩を踏み出す力につながっていくと考えます。
「学校の問題or家庭の問題」という二項対立の罠
不登校が増えている背景には、子ども個人の問題というよりも、社会の変化があると私は感じています。
かつては「学校に行くのが当たり前」であり、行かないという選択肢はほとんどありませんでした。学校に行かないことは、社会から外れてしまうような不安と結びついていました。
しかし、今は違います。フリースクールや通信制高校、オンライン学習など、多様な学び方が社会の中に広がっています。「学校に行かなければならない」という圧力は、以前より確実に弱まっています。これは学校が悪くなったということでも、保護者が甘くなったということでもありません。社会の価値観そのものが多様化してきたということなのだと思います。
だからこそ、不登校を「学校の問題か」「家庭の問題か」という単純な二項対立の構図で捉えるのではなく、社会の変化の中で捉えることが大切だと考えています。学校も家庭も子どもも、誰かが悪いわけではありません。
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【学校に求められる変化とは?】
