彼らは決して怠けているわけでも、反発しているわけでもない。あえてこの会社を選んで来てくれた人たちだ。つまり、うまくいっていない原因は彼らではなく、僕のコミュニケーションにある。
そこで僕は、編集者としての自分を振り返った。
キャリアの初め、三田紀房さんと『ドラゴン桜』の打ち合わせをしていたときのことだ。
当時の僕は、自分で何が面白いかを無理に考えなくて良かった。三田さんが勉強法について質問するから、それに素直に答えればいい。僕が答えたのは単なる「情報」だったのに、毎週、三田さんはそれを面白い「物語」へと仕上げていた。それを繰り返すなかで、僕は編集者としての実力を身につけていった――そう思っていた。
だが、それは勘違いだった。
「コミュニケーションは要求である」
僕は、ベテラン作家と打ち合わせをさせてもらっていただけだったのだ。僕の拙(つたな)い意見や、的外れな暴投のようなボールでも、作家自身の圧倒的な「受信力」と「変換力」で受け止め、作品を良くしてくれていただけだった。
作家の理解力によって、僕のコミュニケーションは助けられていたのだ。
講談社のモーニング編集部時代、僕と相性のいい作家だけが残り、そうでない人は去っていった。ヒット作を生み出したことで「生存者バイアス」が生まれ、自分のコミュニケーションの質が高いと錯覚していただけだった。
ベテラン作家なら受け取れるボールでも、社員には取れない。相手が受け取れるような球を投げなくてはいけない。僕は自分の伝え方を根本から見直す必要があった。
ドラッカーは「コミュニケーションは要求である」と言った。何かを伝えることは、「こうしてほしい」という命令に近い。だからこそ、編集者がよかれと思って口にする「こうすべきだ」というアドバイスは、強い要求として響く。
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【「アドバイスしたくなる」の問題】
