「友達」として連れていくとはいえ、右樹さんには緊張があった。日韓の国民感情が複雑な時代に、8歳年下の日本人男性がハナさんの家族にどう映るか、見当もつかなかった。
だが、この花束が思いがけない効果を生んだ。ハナさんのお母さんにとっては「何でもない日」にもらった初めての花束だったそうで、とても喜んでくれたのだ。
さらに、右樹さんは韓国語を話せて意思疎通もできる。一緒にいたハナさんの姉の夫も「あの子と付き合ったらどう?」と言ってきたほど、右樹さんはハナさんの家族に気に入られた。そして、二人が実は付き合っていることを家族に打ち明けると、みんなが交際を喜んでくれた。
韓国と日本で、2度の結婚式
そうして2002年、ついに二人はプサンで結婚式を挙げた。ハナさんの両親が離れ離れに暮らす二人を見かねて、「結婚するつもりなら、婚約をしておいたほうがいい」と勧めたことがきっかけになった。当初は婚約式をするつもりだったが、「せっかくお金を使うなら、結婚式を挙げたらどうだ」と言われ、結婚式を挙げることにしたのだ。
その時は韓国式の結婚式を挙げた。まずはウェディングドレスを着て、韓国の伝統服である韓服に着替えるという韓国では一般的なスタイルだ。
さらに2年後の2004年に二人は入籍し、今度は日本で結婚式を挙げた。
2度目の結婚式の翌年に長女が、2007年には次女が生まれ、稲川家は4人家族になった。
ハナさんは当時を振り返り、「彼が韓国語を学ぼうとしなければ、結婚はしていなかったかもしれない」と話す。ハナさんの母国語や背景にある文化を理解しようとした右樹さんの行動が、二人の絆を確かなものにしたのだ。
言葉を学ぶとは、相手の世界に踏み込もうとすることだ。
「二人だけの国際法」を作ろうと言ったハナさんと、それを受け入れた右樹さん。前編で右樹さんが言った「不同意への同意」という境地も、そこから始まったのかもしれない。
