先ほど紹介した文面のような「○○と受け取られる表現だった」「不快に思った人が〜」といった言い回しは、最近の謝罪投稿によく見られる。ただ、これらは、あくまで「表現に対する印象」についての見解でしかない。
炎上が起きた際、ネットユーザーが求めている説明は、“言動”のような表面的なものではなく、その根っこにある“価値観”だ。つまり今回で言えば、求められているのは「なぜ日本人と外国人を平等に扱っているのか」といった理念的な部分である。
ハイデイ日高は、すでにその答えを持っているはずだ。実際に公式サイトの「人権・従業員の尊重」ページには、性別や年齢、国籍などを問わず、採用や管理職への登用を行っていると書かれている。そこでは、「同一労働同一賃金」の順守や、特定技能外国人の積極採用にも触れられている。
また、労働組合についても、非正規従業員も加入しているとしつつ、「組合メンバーの約3割は外国人従業員で構成されており、国籍や文化の違いを尊重した対話と協働を大切にしています」と紹介されていた。
「おわび」でなく「ご説明」の罪
結局の所、「国籍を超えて、労使が互いに納得のうえで成り立っている」のであれば、社外の第三者が、とやかく言う話ではない。さすがに全従業員の総意はわかりかねるが、公式サイトの記述は、ひとまずの判断基準にはなるはずだ。
だからこそ、なぜこうした社内環境面を紹介しなかったのか不思議だ。その代わりに、見解では“助成金受給の有無”に触れたが、これでは「ムキになってみずからの正当性を主張している」と感じさせてしまい、かえって火に油を注ぐだけだ。
安価な商品展開で差別化を図る外食チェーンにとって、人件費の問題は避けては通れない。また、日本人を採用したくても、なかなか人数が集まらない現実もある。本来であれば、「安価な労働力」ではなく、「必要な人材」だから採用している――。そうした姿勢こそを、謝罪文で示すべきだったのではないか。
ところが実際の文書は、タイトルが「おわび」ではなく「ご説明」だったこともあり、批判的な消費者からは「悪いと思っていない」「言い訳ではないか」と受け取られた。理念を語るべき場面で言葉を選び損ね、これらの要因が絡み合った結果、いまなお火種がくすぶり続けているのだろう。
