つまり、Netflixの“実録もの”では、人生の裏側、すなわち“影”の部分を描くことにも相当の比重が置かれる。
わかりやすいのは、やはり『全裸監督』の村西とおるだろう。
村西は、AVの黎明期に監督した作品が人気となり、テレビや雑誌に頻繁に登場する有名人にもなった。だがAV自体はアンダーグラウンドなもので、世間から批判にさらされることが少なくない。村西自身も逮捕され、莫大な借金を背負うなどしてきた。それでもエネルギッシュに我が道を突き進む姿には、どこか圧倒されるものがある。
Netflixの“実録もの”は人間ドラマの宝庫
こうした“実録もの”を見る際、覗き見感覚やゴシップ的な興味がないとは言えないだろう。
ただ、そこで描かれる主人公たちの悩みや苦難、つまり人生の“影”は、私たちとまったく無関係なわけではない。本音や欲望は、誰にでもある。普段は建前や常識によって抑えられていたり、意識されていなかったりするが、時と場合によって表に出てくる。そして自分の本心と向き合うことによって、私たちは自分らしさを取り戻す。
Netflixの“実録もの”は、そうした人間本来の生身の部分にスポットライトを当てている。しかも、主人公のモデルが実在の人物だというリアリティが、より作品の説得力を増す。“実録もの”が見せてくれる赤裸々な人間の姿は、誰にとっても自分に思い当たる部分、少なくとも理解可能ななにかがあるのではないか。
一見、普通のひととは縁遠い世界の話だ。だが普通とそれ以外のあいだで明確に線が引けるほど、人間は単純ではない。極端に言えば、「普通の人生」など存在しない。Netflixの“実録もの”は、単なるきれい事ではすまされない人生の真実を描く。その意味で人間ドラマの宝庫。だからこそ、多くの人びとを惹きつけるのだろう。
そのなかでも期待度の高い今回の『地獄に堕ちるわよ』。どのような反響があるのか気になるところだ。
