他にも、24年に放送されたドラマ『ひらやすみ』で労働や育児に追われ心を病んでいく男性の描写があったことは記憶に新しい。
書籍でも「自己破壊としての労働」の風潮は強い。
『なぜ働』が「新書大賞2025」に選ばれた翌年の「新書大賞2026」は東畑開人の『カウンセリングとは何か』であった。両者とも労働によって失われるものに焦点を当てる作品だ(前者は読書時間、後者は“人のこころ”が失われていると指摘する)。
また、つい先日発表された「2026年本屋大賞」受賞作である朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』も労働によって自身や周囲へのケアを失った中年男性が主要な登場人物の1人であった。
「労働による自己破壊」を表現する作品が多く輩出され、ヒットする。現代人が労働に疲弊している時代の象徴ともいえる傾向だ。
「自己破壊としての労働」があらわになったが、労働の最適解が確立しているわけではない。でも、傷ついていることを知ったからこそ、修復のプロセスを探すことも同時に可能になった。
“モーレツからビューティフルへ”
これは、1970年に広告プロデューサーの藤岡和賀夫が発表したコピーだ。
とにかく働く「モーレツ」でもなく、ゆるさだけを求めるわけでもない。
働くことを美しく整える「ビューティフル」な働き方。
労働の意味が揺らいでいる今、この言葉は半世紀前よりもむしろ切実に響く。
労働の自己破壊が見えるようになった今だからこそ、働き方を改めて考える時期に来ているのかもしれない。
