社会学者の上野千鶴子は01年以降の政策を「ネオリベ政策」と呼び、格差拡大が加速したと評価した。
10年代に入るとこの傾向はさらに加速した。
「会社だけに限らず副業をしよう」「老後の資金は自分で貯めよう」「NISAやiDeCoで資産形成しよう。ただし自己責任で」
賃金は決して高くない。それでも生活のために働き続けなければならないし、残業や休日出勤も厭わない。とにかく自力で稼がなければ……。
会社を恋人になぞらえ、命を懸けて働いていた『サラリーマン金太郎』の世界観からは一転、いつしか労働は自己破壊的なものへと変容していったのだ。
自己破壊としての労働
ドラマや映画で「自己破壊としての労働」を描かれることがコロナ禍以降、とくに目立つように感じる。この傾向は、『ラストマイル』の野木亜紀子のみならず、多くの作品で見られる。
例えば、21年に公開された映画『花束みたいな恋をした』は、労働を契機にカップルの関係性が破綻していく様子が描かれた痛烈な作品であった。
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【「労働による自己破壊」を表現する作品がヒットする時代】
