『ラストマイル』の脚本を手がけた野木亜紀子は高い解像度の労働描写が定評だ。『アンナチュラル』(2018年)では過労死する男性を描き、『獣になれない私たち』(同)は仕事を断れず抱え込んでしまう深海晶(新垣結衣)が主人公であったし、『ちょっとだけエスパー』(2025年)は主人公である文太(大泉洋)がリストラされることから物語が始まった。
労働の負の側面を書くのは野木の作家性による部分も大きいだろう。
しかし、作家性にとどまらず時代が要請しているものでもあると思う。
2000年代以降の労働~労働は自己実現→自己破壊へ~
前編同様、三宅香帆著『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(以下、『なぜ働』)を補助線に2000年代以降の経済状況を整理しよう。
本著において、三宅は00年代以降とくに「仕事で自己実現しようという風潮が強まった」と指摘する。「あれ、仕事で自己実現って好景気の時の話では?」と思う方もいるかもしれないが、バブル経済の時、人々は“消費”に重きを置いていた。日産・シーマをはじめとする国産高級車やブランド品の購入、赤坂プリンスホテルをはじめとする高級ホテルへの宿泊といった“消費”を通じて人々は自己実現を果たしていたのだ。三宅は00年代の人々の労働への意識に関してこう語る。
「1990年代のバブル崩壊を経て、2000年代の新自由主義社会化による労働環境の変化の影響を受けた若者たちは、もはや消費で自己実現することは難しくなった。その結果、労働そのものが『自分探し』の舞台になったのである」
前編でも指摘した通り、景況が慢性的に悪化すると日本は規制緩和、つまり企業間での競争を促す方向に舵を切り、新自由主義的な方向へ突き進むことになった。新自由主義とは、企業間競争を強め、雇用や労働条件を市場に委ねる考え方である。
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【いつしか労働は自己破壊的なものへ】
