校長を務めた県立の進学校では、中学時代の評定が高く推薦で入学したのに、突然不登校になり転学を余儀なくされる生徒もいた。その場合、生徒の希望がどうであろうが選択肢は多くない。
「今の教育制度では、全日制から全日制への転学はハードルが高いです。公立の定時制や通信制も生徒募集の時期が限られていてスライドが難しい。だから多くは広域通信制に移ることになります」(佐伯教諭)
全日制と広域通信制はシステムが大きく違い、「ギャップが大きい環境で、勉強を続けられているのか」と気になったが、佐伯教諭によると全日制と広域通信制は教職員の交流が少なく、転学後の様子を知る術も少なかった。
「学校に行けなくて苦しんでいる生徒を、自分の想像が及ばない海に放り込んでいるような忸怩(じくじ)たる思い」を抱えていた。
大人はだめですね
この職員会議をきっかけに、森田教諭と佐伯教諭は頻繁に意見を交わすようになり、「全日制と文化や雰囲気が近い通信制課程」をつくりたいとのビジョンを共有するようになった。
福冨事務長や当時の校長も設置の妥当性があると判断し、24年、福岡、熊本両県から生徒を募集する狭域通信制課程の設置を福岡県に申請した。佐伯教諭を責任者とするチームが結成され、全体設計やカリキュラム、施設の詳細を練り上げ、25年春、1期生の生徒たちを迎え入れた。
「目の前にいない生徒のことを想像しながら、必要なことを準備してきた」(佐伯教諭)が、入学した生徒たちはしばしば、教員たちの想像とは違う姿を見せた。森田教諭は手探りの1年を振り返り、「思い込みにとらわれて、大人は本当にだめですね」とつぶやいた(後編に続く)。
