2026年3月12日、東洋経済オンラインの有料会員読者向けリアルイベント「TK-HUB」が、東洋経済新報社本社にて開催された。記念すべき第1回は『新約ソニー 〜転生の原点を探る〜』と題し、人気連載「新約ソニー」著者でジャーナリストの大西康之氏と、「プレイステーション(プレステ)の父」として知られる元ソニー副社長の久夛良木健氏による対談が行われた。
「エレキのソニー」から「エンタメのソニー」へ――その大きな転換の重要な起点であり、象徴でもあるプレステは、いかにして誕生したのか。そして、半導体をはじめとするテクノロジーの進化にどのような示唆をもたらすのか。当日の対談では、連載では書ききれなかった秘話が続々と飛び出した。イベントの模様をダイジェストでお送りする。
「ソニーを救うため」ではなかった
1994年と2026年。対談は、スクリーンに映し出された2枚の会社四季報記事をモデレーターの山田俊浩総編集長が解説するところから始まった。
94年当時の売り上げ規模は約1兆7000億円程度。営業利益は100億円にも満たなかった。当時はビデオ機器、音響機器、テレビが主力の「エレキのソニー」だった。
それが、2025年3月期の売上高は13兆円超、利益1兆4072億円。ゲーム・音楽・映画のエンタメ企業へと変貌を遂げ、かつてのビデオや音響は数パーセントにまで縮小している。
「エレキのソニー」は、誰の、どんな決断によって「エンタメのソニー」へと変貌を遂げたのか。これまで明確に語られてこなかったそのソニーの歴史を明らかにするのが、大西氏が「新約ソニー」の筆を執った動機だった。
大西:かつての「エレキのソニー」の栄光であるステレオ、テレビなどのハードウェア。それらがぜんぶスマホ一つに入ってしまった。その激変の中で、ソニーが潰れなかった最大の要因はやっぱりプレステなんですよね。
ただ、その大西氏の見立てに対して、久夛良木氏はユーモアを交えて“反論”する。
久夛良木:いや、大西さんのおっしゃる「エレキからエンタメへ」は、昭和の見方ですよ。ソニーを救うためだとか、そんなつもりでプレステをやったわけじゃない。ただ、未来のイノベーションをつくろうとしていたんです。
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【久夛良木氏の「異端児」ぶり】

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