「ダイエー撤退で売上が激減」「家電量販店も耐え切れずに去る」 ダイエー閉店で廃墟化「兵庫のバブルモール」苦戦の背景

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同時期の『読売新聞』は「あべのベルタ客足さっぱり 再開発ビル 目算はずれて」という見出しを付け、「オープンして半年たったが、客足の悪さに早くも店をたたむ店舗が続出」と書いている(『読売新聞』1988年3月5日)。

そごうの撤退、競合施設の出現

核テナントのそごうホップは90年後半頃から赤字が続き、2000年に閉店。「あべのベルタ」はオープンから10年少しで核を失った。そごうホップの閉店に加え、バブル崩壊などを理由にテナントの撤退が相次いだ。

当初15年間の予定だった阿倍野再開発が40年間を超えるほど長期化したことも仇となった。周辺エリアの空白期間が長引いたからだ。

同再開発により、11年に「あべのキューズモール」、14年に「あべのハルカス」といった商業施設がオープンしたが、「あべのベルタ」まで客足は流れてこなかった。

「あべのキューズモール」
東急不動産の大型モール「あべのキューズモール」(筆者撮影)
「あべのベルタ」と「あべのキューズモール」
「あべのベルタ」と「あべのキューズモール」はすぐ隣だ(筆者撮影)
「あべのハルカス」
関西で最も高いビルである「あべのハルカス」も近い(筆者撮影)
次ページ後から開業した競合施設に客足を取られる
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