1、2、さぁん!元《世界のナベアツ》、56歳彼の"意外な現在地" 「一発屋」として駆け抜けた…転身後の"次なる夢"は
だから、僕の勘では「東京進出は今ではない」だったんですけど、周囲の雰囲気に押されて行って、案の定うまくいきませんでした。そもそも、そんな引っかかりがあるヤツが東京で売れませんよね。
それからコンビを解散することになって、落語家か放送作家になろうと思ったんです。どちらもそれまでやったこともないのに、なぜかそうひらめいて。そのときはいろいろな理由で放送作家になることを選びました。そこでテレビの裏側を勉強しようという考えでした。
ーー放送作家の仕事に手応えはありましたか。
それまでにも映像の企画、制作はしていましたけど、テレビの仕事は難しくて大変でした。でも、芸人時代からの関係者とか周囲に恵まれて、少しずつ仕事を覚えた感じです。放送作家になって5年は専念していましたが、6年目にコンビを再結成して、芸人と放送作家の活動を兼業するようになりました。
「世界のナベアツ」で大ブレイクして変わったこと
ーーピン芸人・世界のナベアツとして活動を始めた理由は?
M-1グランプリの決勝を目指してコンビを再結成したんですけど、結果コンビ歴が計10年になり、無理でした。それで次は、『R-1ぐらんぷり』に出ようと思ってピンネタを作り始めたのがきっかけです。
自分のピンネタライブで「3の倍数」ネタをやってみたら、想像以上にウケたんです。その頃はショートネタブームだったので、テレビでやる機会をいただき、一気に注目してもらいました。
でも、あのネタは僕の「好きなネタランキング」のランク外です。好きなネタほどスベります(笑)。



















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