タイパ重視の若者たちが「ゾス!」の熱狂に酔う不条理、経営学者は「ザ・ノンフィクション」炎上回をどう見たのか【前編】
「とにかく起業したいんです」という学生に「いったい何がしたいのか」と問うと、「CEO(最高経営責任者)になりたいんです」と答えてきた。受けを狙っているわけではない。心からそう思っているのだ。CEOという名刺を作ることと一攫千金が最大目的で、事業構想などは二の次なのだ。
「SNS依存型就活」では、スマートフォンに流れてくる魅力的な情報に触れ、「成長できる可能性」を過度に期待しがちだ。実際に入社してみると、「聞いていない」という事態に直面することも少なくない。十分な説明もないまま現場に投入されるケースは珍しくなく、その結果、個人の能力と役割に不一致が生じ、本人と組織の双方に大きな負担をもたらしている。
こうしたミスマッチの背景には、日本企業に根強く残る終身雇用を前提としたローテーション人事がある。複数部署を歩むことで視野を広げ、多様な職務を経験させることを目的としている。
建前がそうであったとしても、転職を前提に「自分の腕を磨ける環境」を重視する若者にとっては、必ずしも合理的と思えない。望まない配置は「時間の無駄」と受け止められやすく、結果としてミスマッチを拡大させる要因となっている。
「やって覚えろ」が招く悲惨な末路
さらに問題なのは、こうした状況を支える組織の管理体制だ。「心理的安全性」とは、単に失敗を罰しないことではなく、その原因を安心して共有できる環境を指す。その基盤が整わないまま精神論が繰り返されるのは、昭和型マネジメントの典型的な弊害だ。
「ザ・ノンフィクション」の入社半年の女性社員をチームリーダーに昇格させた事例も、成果主義を強調する意図があったと考えられるが、結果的に彼女はマネジメントを担いきれなかった。優秀なプレーヤーを早期に登用しながら、必要な訓練と支援を欠いていたためだ。
個人の営業力とチームを導くマネジメント能力は別物であり、後者には動機づけや育成といった管理能力の習得が必須。「やって覚えろ」というOJT(職場内訓練)が一定の効果を持つとしても、十分な支援なしに早期から責任を負わせれば、成長ではなく燃え尽きを招くだけだ。
社員が全員一堂にそろって踊るダンス動画や、大きな声で社是を唱和する朝礼の様子がSNSに流れると「ブラック企業では」と炎上する一方で、この熱量に憧れ応募してくる若者もいる。これは現代の採用において見られる興味深い現象だ。
(後編に続く)
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