「取引先の情報を自分の感想付きでSNSに"投稿"」 青ざめる上司の絶望…なぜ無自覚に投稿するのか

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もう1つ、別の会社であった話を紹介しよう。

ある会社の新人営業が、取引先の社長のSNSをフォローしていた。社長が家族でフランス旅行に出かけ、レストランでの食事写真を投稿した。

問題は、その写真への新人のコメントだ。

「その店、ミーハーな観光客しか行かないですよ。わかってたら、もっといいお店を紹介したのに。僕は学生時代、留学してたので、今度はフランスへ行く前に聞いてください」

本人に悪気はなかったのかもしれない。親しみを込めたつもりだったのだろう。しかし、これは取引先の社長に対する「マウント」以外の何物でもない。

後日、社長はその新人の上司にこう言った。

「御社には、ユニークな新人さんがいますね」

明らかな皮肉である。上司は血の気が引いたという。相手によっては、

「SNS上でのことだから、これぐらいフレンドリーに接してくれたほうが、かえってありがたい」

と感じるかもしれない。しかし、必ずしもそうではないケースも多いはずだ。

なぜ「見られている」という想像力が働かないのか

こうした問題が起きる根本原因は、SNSの「空間認識」のズレにある。居酒屋で同僚と愚痴を言う。これは閉じた空間での会話だ。声が届く範囲は限られている。

しかし、SNSは違う。投稿した瞬間、世界中の誰もが閲覧できる状態になる。鍵アカウントでない限り、取引先も、上司も、お客様も、競合他社も見ることができる。

にもかかわらず、多くの人がSNSを「居酒屋の延長」だと感じている。フォロワーが少なければなおさらだ。「誰も見ていないだろう」——この思い込みが、すべてのトラブルの起点になる。

SNSに投稿するということは、会社の入り口に貼り紙をするようなものだ。匿名であっても、「商社勤務の人間がこう言っている」という情報は残る。実名であれば、名刺にその発言を印刷しているのと変わらない。

この感覚を持てるかどうか。それが、SNSリスクを回避できるかどうかの分岐点になる。

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