「反信長勢力」が勢いづく姉川の戦い前夜、信長の息の根を止めようとした男がたどった悲惨な末路
鈴鹿山脈を横断して伊勢国と近江国を結ぶ山越えの一つ「千草越」で、信長は岐阜に戻ろうとします。その途上、信長は鉄砲で狙撃されます。
信長を狙ったのは『信長公記』(信長の家臣・太田牛一が記した信長の一代記)によると「杉谷善住坊」という男。同書には、彼の経歴などは書かれていませんが、六角承禎に依頼されて信長を狙ったと記されています。
信長から12・3間離れた距離で狙撃しますが、銃弾は信長の身を少しかすっただけに終わりました。信長暗殺は失敗したのでした。5月21日、信長は無事に岐阜にたどり着きます。
小話:信長を狙撃した杉谷善住坊のその後
信長を狙撃した杉谷善住坊は、その後、行方をくらましていましたが、天正元年(1573)に捕縛され、岐阜に連行されます(9月10日)。
近江の高島に隠れていたところを、磯野丹波守員昌が捕縛したとのこと。
岐阜に連行された善住坊は、奉行から尋問を受けた後、処刑されました。その処刑方法は、生やさしいものではなく、身体を土中に埋められ、顔だけ出しているところを、ノコギリで首を挽かれるという凄惨なもの。信長は自らを狙撃した善住坊を残虐な方法で「成敗」し憤りを散じたのでした(『信長公記』)。



















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