「幼い甥っ子まで人質として利用」裏切り浅井を打倒するため親族を差し出す"秀吉の非情"

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この横山城が、墨俣城を除けば、城番ながら秀吉最初の城である。秀吉は、浅井長政の小谷城からわずか6キロしか離れていない。秀吉は、小谷城城下に兵を出す一方で、この横山城を守り通すべく尽力している。

秀吉に翻弄され続けた秀次の生涯

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浅井長政については、信長を裏切って追い詰めたものの、「藤吉郎の金ヶ崎退き」によって仕留めることができず、「姉川の戦い」で信長や家康の軍に撃破されて、浅井家は滅びた……と誤解されやすい。

だが、実のところ「姉川の戦い」だけでは、そこまでの打撃を与えられなかった。「姉川の戦い」ののちも、信長は三好三人衆や比叡山、本願寺、一向一揆の勢力と対峙しながら、引き続き浅井家とも戦いを繰り広げている。

その際に浅井家の重臣や国衆たちを調略したのが、秀吉である。浅井家の重臣・宮部継潤を味方に引き入れるときには、秀吉はまだ幼い甥の万丸を養子として差し出している。

姉の「とも」としては、幼い我が子を実質的には人質として利用されるなど、到底、承服できなかったに違いない。秀吉がどのように 「とも」 を説き伏せたのかはわからないが、万丸はその後しばらくは「宮部吉継」として生きることになる。

この「宮部吉継」こそが、のちの豊臣秀次である。幼くして母から引き離されることになった秀次だが、これはまだ序章にすぎない。秀次は、生涯を通じて秀吉に翻弄され続けることになるのだった。

【参考文献】
太田牛一著、中川太古訳『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)
杉山博編『多聞院日記索引』(角川書店)
宮島敬一著『浅井氏三代』(吉川弘文館)
河合敦著『豊臣一族  秀吉・秀長の天下統一を支えた人々』(朝日新書)
金松誠著『松永久秀  シリーズ・実像に迫る』(戎光祥出版)
竹内理三編『史料大成多聞院日記〈全5巻〉』(臨川書店)
河内将芳著『図説 豊臣秀長 秀吉政権を支えた天下の柱石』(戎光祥出版)
真山知幸著『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』(日本能率協会マネジメントセンター)

真山 知幸 伝記作家、偉人研究家、芸術修士(MFA)

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まやま ともゆき / Tomoyuki Mayama

1979年、兵庫県生まれ。2002年、同志社大学法学部法律学科卒業。2026年、京都芸術大学大学院芸術研究科(通信教育)文化遺産領域文化遺産分野を修了。上京後、業界誌出版社の編集長を経て、2020年に独立。偉人や歴史、名言などをテーマに執筆や講演活動を行う。

『ざんねんな偉人伝』シリーズ(学研)のほか、『偉人 大久保利通』 (草思社)、『大器晩成列伝』( ディスカヴァー・トゥエンティワン ) 、『本を読む人だけが、“自分の壁”を突破できる』(青春出版社)  など著作は60冊以上。「東洋経済オンラインアワード」で、2021年にニューウェーブ賞、2024年にロングランヒット賞受賞。
X: https://twitter.com/mayama3
公式ブログ: https://note.com/mayama3/

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