博物館に並ぶ「略奪品」は誰のものか…帝国時代の展示品の返還に消極的な理由
今でもイギリスにある略奪された遺物の一つに「ティプーの虎(Tipu's Tiger)」がある。これは大きな木製のからくり人形で、ヨーロッパの兵士が仰向けで虎に襲われている姿を表しており、何世紀にもわたってヴィクトリア&アルバート博物館で展示されている。もとはインドのマイソール王国を統治し、恐れられていたティプー・スルタン[1751?‐99]の所有物だったが、1799年に彼が東インド会社の軍隊に敗れて殺害された後、イギリス人の手に渡った。
ティプー・スルタンは、敵が敗北する姿を見せようとこのからくり人形を作らせたのかもしれないが、ロンドンで展示されると、イギリス人は好奇心を示し、見物に押し寄せた。彼らは、この人形が「インドの支配者がいかに残酷か」を示すものだと考えたのだ。
「遺物の略奪は多くの場合、とても無秩序に行われた」
1897年、イギリス軍がナイジェリアの都市ベニンを侵略し略奪した際には、数千点もの品々が奪われた。その一部は今でも大英博物館で展示されている。植民地支配者が奪ったものの中には、人間の身体の一部――例えば敗れた敵の歯や頭部など――も含まれていた。このため、旧植民地の多くの人々は今も、祖先がこのような状態で保管され、適切な葬儀さえ行われなかったことに深い悲しみや憤りを感じている。
帝国時代に略奪された他の多くの品々も宗教的・精神的な価値があり、それらを奪われた人々にとって非常に大切なものだった。イギリスによって略奪されたすべてのものについて考えるとき、シク教徒である私にとって痛ましいのは、山積みの黄金や宝石、骨董品、織物、絵画、彫刻の山ではない。
本当に心が痛む略奪は、イギリスがインドのシク王国から宗教的遺物を奪った行為だ。この帝国はマハラジャ・ランジート・シング[1780‐1839]によって建てられ、1799年から1849年まで北インドに存在したが、イギリス軍に敗れ、征服された。この時、イギリスは有名なコ・イ・ヌールダイヤモンドの所有権を獲得し、さらに希少な宗教的遺物も奪った。それにはイスラム教の創始者ムハンマドの遺物や、私の宗教の創始者の一人であるグル・ゴービンド・シング[1666‐1708]がターバンの前部に装着していた宝石「カルギ」が含まれていたという。悲しいことに、その後両品とも行方不明となった。



















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