Z世代に正論は1ミリも届かない。SNS時代に「共感」を求める世代に、戦争、政治、震災…重い話題を届けるための「意外な入り口」

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SNSのアルゴリズムによって感情的な意見、過激な意見はさらに強化されます。飲み屋などで政治的に過激なことを言えば、「そんなこと言うもんじゃないよ」と諭したり、話題を変えようとする人が出てきたりするものです。

しかし、SNSはユーザーの好むものを延々と表示して、釘付けにする傾向があります。その日炎上している議題をレコメンドする機能さえあります。

SNSで横行する「分類化」と「レッテル貼り」

SNSではこうしたアルゴリズムの影響もあり、極端な思考が助長され、対立が固定化しやすくなっています。例えば、軍事や自衛隊の話をするだけで「戦争をしたい人だ」と決めつけられたり、逆に平和を訴えるだけで特定の政治的なレッテルを貼られたりといった、カテゴライゼーション(分類化)が横行しています。

しかし、大前提として「戦争をしたい」と望んでいる人はごく一部で、どの立場の人も「戦争を避けたい」という思いは共通しているはずです。ただ、そのアプローチが異なるだけにすぎません。軍備を整えることで抑止力を高め、戦争を遠ざけようと考える人たちも、決して戦争を望んでいるわけではないのです。

丹羽先生は、「日本は軍事の議論をするよりも前に、緊張と忍耐、話し合いの連続を強いられる安全保障のため外交努力を続けていくべきだ」と主張されました。そして、「平和とはバラ色の世界ではない。戦争よりも不愉快な忍耐の連続だ」と説いています。僕もまったくそのとおりだと思います。

軍備の議論はもちろん国防上重要だと思いますが、突き詰めていくと「核を持つか、持たないか」という議論に行き着いてしまう可能性があると思います。

まずは、その前に「戦争に近づかない」こと、つまり攻撃する、しないと思わないような関係性づくりこそがより議論されるべきだと思います。

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