台湾・馬英九元総統の側近更迭で波紋生じる国民党の対米・対中路線、党主席訪中はどうなるか
2002年、当時衛生署代理署長だった凃醒哲氏がカラオケボックスで男性従業員にセクハラを行ったとする情報を、当時立法委員(国会議員)だった李慶安氏が世間に公表した。
凃氏はこれを全面的に否定し、民進党も党を挙げて擁護した。しかし学生時代から正義感が強く、相手が誰であろうと毅然と立ち向かってきた鄭氏は、党の対応に不満を抱き、民進党を離党してしまう。
もっとも事件自体も、被害者が同音異字の「屠氏」によるもので、人違いだったことが判明する。凃氏の疑いも晴れたが、鄭氏は民進党への復党の道も閉ざされてしまった。
国民党主席が持つギャップ
鄭氏はそれまで台湾独立を熱烈に支持する立場だったが、離党以降は主張を大きく転換し、台湾独立に反対する立場を取る。そして2005年には国民党に入党し、徐々にキャリアを積み上げ、党のスポークパーソンや政策部門幹部、副秘書長を歴任した後、昨年11月から党主席として国民党を束ねている。
鄭氏の政治家としての最大の特徴は、台湾独立支持から中国との統一を志向する立場へと政治的主張が変化した点にあるだろう。民進党内で鄭氏について語る際、たびたび「かつて」や「あの頃」という言葉が使われることからも、過去と現在のギャップの大きさがうかがえる。
先日、党首選で勝利した鄭氏に対し、中国の習近平国家主席から祝電が届いたことから、中国側は対話の窓口として認識していると見られる。さらに党首選後、中国からの介入があったと主張する声もあり、中国の傀儡になりかねないのではと危惧する意見も聞かれる。何より国内政治で活躍してきた政治家だが、中国と直接渡り合えるのか。外様的な存在である鄭氏には党内の味方が少ないとも言われている。
このような中で、対中政策の切り札として鄭氏を支えてきたのが副主席の蕭旭岑氏である。
蕭氏は1974年生まれ。政治大学新聞研究所で修士課程を修了。その後、『聯合報』や『中国時報』の政治部記者としてキャリアをスタートさせた。記者としての鋭い視点と発信力が馬氏の目に留まり、政界入りした、いわば馬英九チルドレンとも言うべき存在である。



















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