国鉄の「急行型電車」、全国を駆けた黄金期の記憶 特急・新幹線網が広がる前の「長距離移動の定番」

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東北地方の電化が進むと上野―盛岡間の「いわて」、上野―仙台間の「まつしま」など相次いで電車急行が登場。67年に磐越西線の郡山―喜多方間が電化された際に運行を開始した急行「ばんだい」は、東北本線内は急行「まつしま」や「ざおう」などと併結して走るいわゆる多層建て列車の代表格でもあった。

急行まつしま ばんだい 東北本線
東北本線の桜の名所として知られる大河原付近を走る急行「まつしま」と「ばんだい」の多層建て列車(撮影:南正時)
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北陸本線の電車急行黄金時代

北陸本線も交流電化により、電車急行が走るようになった。63年4月には大阪―金沢間に急行「ゆのくに」「加賀」が、敦賀―金沢間には「越前」が471系10両編成で運転を開始した。2等車(のちのグリーン車)やカウンターでそばが食べられたビュフェ車を連結し、先頭車両に掲げた大型のヘッドマークは北陸本線の急行のシンボルとなった。

急行ゆのくに
グリーン車2両にビュフェを連結した全盛期の急行「ゆのくに」。北陸本線の急行は大型のヘッドマークがシンボルだった(撮影:南正時)
急行兼六 12両編成
グリーン車2両とビュフェを連結した堂々の12両編成で走る急行「兼六」=1974年12月(撮影:南正時)
【写真】車体の下部にクリーム色の細帯が入った60Hz電源用車両で編成された急行「くずりゅう」。細帯はのちに省略されるようになった

のちに急行「立山」や、米原で東海道新幹線と接続する役割の「くずりゅう」、名古屋―金沢間に「兼六」も運転を開始した。大型のヘッドマークを掲げ、グリーン車を2両連結した長編成の急行型は、特急「雷鳥」などと並んで北陸本線の看板的存在だった。

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