国鉄の「急行型電車」、全国を駆けた黄金期の記憶 特急・新幹線網が広がる前の「長距離移動の定番」
153系には、普通席とビュフェが半々となった合造車のサハシ153形が組み込まれた。そのビュフェで話題になったのが、今は伝説ともなった急行「いこま」「なにわ」の「すし電車」だ。ビュフェの調理室側のカウンターには「すしコーナー」が設けられ、車内ですし職人による本格的なすしが食べられることが話題になった。
筆者は後年、かつて車内ですしを握っていた職人で、静岡県清水市の「つばめ鮨」の主人であった岸山仁さんを訪ねて、当時車内で提供していた「おこのみ寿司」を再現してもらったことがある。
車内で出していた当時の上にぎり寿司は250円で、筆者が同店を訪れた時は「旅行者価格」の1000円で提供していた。岸山さんは「揺れる車内で刃物を扱うので細心の注意を払って握っていた」という。残念ながら岸山さんは2016年に他界され「すし電車」も伝説になった。
急行型の代表格、165系
63年には、153系の出力強化型として直流急行型電車の決定版である165系が登場した。勾配区間での運用もこなせるようになったことから、中央本線や上越線、信越本線といった直流電化の勾配線区に続々投入され、急行「佐渡」や「アルプス」などで幅広く活躍した。



















無料会員登録はこちら
ログインはこちら