「機械が止まれば会社が死ぬ」"こんなんで働きたくない"と思ったモロッコヨーグル社長が「75歳まで現役」を覚悟するまで

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そこで、池田さんは「食べることに関する仕事なら人手もいるし、絶対になくならないだろう」という判断から、食品メーカーに的を絞る。その結果、大手製パン会社から内定を得た。

ところが、配属されたのはハードな「トラックの配送業務」。朝3時に起きて出社し、配送。それが終わればスーパーや小売店への営業回り。帰宅はいつも18時頃だった。

モロッコヨーグル サンヨー製菓
サラリーマン時代の苦労を笑顔で話してくれた(写真:筆者撮影)

やがて、仕事の過酷さが増し、睡眠時間が削られる日々に嫌気がさして、5年目に配送車を運転中、こう思ったという。

「こんなんで、働きたくない」

翌朝、当時の上司に「辞めたいです」と相談。しかし、そこで上司に諭され、部門の転換を条件に踏みとどまった。

その後は、営業職として岡山や島根など地方を転々とし、新規顧客開拓に汗を流す日々に。ルート配送時代は既存の取引先であったため相手も懐を開いてくれたが、新規開拓の営業ではそうはいかない。冷たくあしらわれ、飛び込み営業先で無視されるという精神的な苦痛を経験した。

けれど、この時の経験が、後に家業に戻った際の胆力となった。「肉体的なしんどさと、精神的なしんどさがありました。でも、両方経験して帰ってきたからこそ、今も頑張れてるんちゃうかなと思います」と池田さんは微笑む。

「継いでくれる人がいるんや」問屋の安堵が覚悟に

30歳を迎える年のある日、父から「いつ帰ってくるんや」と電話があった。大手での人間関係や組織の論理に疲れを感じていた池田さんは、これを機に帰郷を決意する。しかし、待っていたのは別の意味での戦いだった。

まず、製造工程での作業スピードに追われた。モロッコヨーグルの製造では、機械から容器に入れるクリームがどんどん減っていくため、絶え間なく材料を作り、補充し続けなければならない。

また、容器のフタを熱で圧着する工程は、一度電源を切ると、温まるまでに30分もロスが生じてしまう。その間、従業員の人件費だけが垂れ流しになる。

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