「机上には、書きかけの原稿」朝ドラ「ばけばけ」セツに看取られ54歳のハーンは"遠い旅"へ
東大を辞職してすぐに4人目の子供として、長女が生まれたこともあり、精力的に書き続けたハーン。セツはこんなふうに振り返っている。
「西大久保に移りましてから、家も広くなりまして、書斎が玄関や子供の部屋から離れましたから、いつでもコットリと音もしない静かな世界にして置きました。それでも箪笥を開ける音で、私の考こわしました、などと申しますから、引出し一つ開けるにも、そうっと静かに音のしないようにしていました。こんな時には私はいつもあの美しいシャボン玉をこわさぬようにと思いました。そう思うから叱られても腹も立ちませんでした」
だが、そんな静かな世界でのハーンの執筆活動も、終わりが近づいていた。
生涯を閉じる前に見た夢とは?
ある日、ハーンは心臓に痛みを訴えて医師を呼んだ。
痛みはすぐに収まったが、ハーンには感じるものがあったのだろう。セツに死後は「小さい瓶に骨を入れて瘤寺に埋めてほしい」と頼みながら、こう言った。
「悲しむ、私喜ぶないです。あなた、子供とカルタして遊んで下さい。如何に私それを喜ぶ」
それから1週間後のこと。明治37(1904)年9月26日、朝の6時30分頃にセツが書斎にいくと、ハーンはすでに起きており、煙草をふかしていた。
セツが「おはようございます」と声をかけると、ハーンはしばし考えてから「昨夜たいそう珍らしい夢を見ました」という。睡眠中に見る夢や、現実を離れた空想を大切にしたハーン。セツと2人で見た夢を報告し合うこともよくあることだった。





















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