なお、転覆した「平和丸」「不屈」の2隻は、前出の「ヘリ基地反対協議会」という新基地建設に反対する市民団体が運航しており、普段は工事の監視や抗議に使用していた。
現時点でこれまでの話を総合すると、予測不可能な「不慮の事故」というよりも、「人災」の可能性が高まってきているといえるだろう。
抗議活動家による「死者の政治利用」
このような事件の実態解明に向けた追及と並行して、死亡した女子生徒の取り扱いについて気になる動きがあった。それは、あたかも亡くなった女子生徒が「基地建設工事に反対する抗議運動の犠牲者」であるかのように示唆するコメントが現れてきていることである。
抗議活動を続けている女性が新聞社から受けた取材で、「思いはきっと、『辺野古のこんな無謀な工事はやめてくれ』っていう意味で辺野古に来ていただいたと思うんですね」と述べたことは、まさに「死者の政治利用」そのものであり、より厳密には「殉教の政治学(Martyrdom Politics)」という概念で言い表せる主張である。
「殉教の政治学」は、特定の人物の死を「殉教」として神聖化し、それを政治的な動機付けや集団のアイデンティティ形成、あるいは既存の体制への抵抗や支持の強化に利用するプロセスや戦略を指している。
政治学者のアンドリュー・R・マーフィーは、単なる「死」が「政治的殉教」へと昇華されるには、3つの要素が必要であると提唱している。「不自然な死」、「神聖化」、「継承」だ(以下、Theorizing Political Martyrdom: Politics, Religion, Death, and Memory/Political Theology Volume 24, 2023 - Issue 5)。
「不自然な死」は、国家権力による暴力や自発的な自己犠牲など、非日常的な状況下での死のことをいう。「神聖化(Consecration)」は、その死を日常的な文脈から切り離し、「大義のための犠牲」という崇高な意味を与えるプロセスであり、物語(ナラティブ)の構築が不可欠となる。
3つ目の「継承」は、構築された殉教の物語を、記念碑、儀式、メディア、教育などを通じて次世代や広範な大衆へ伝えていくこと、犠牲者のパッケージ化を経た「時を超えた伝承」を意味している。
今回の事件に適用すると、「不自然な死」は、基地建設工事に反対する抗議船に乗って見学をした生徒たちを、「社会運動の一環において図らずも犠牲になった人々」として、活動家から認識されている点に集約されている。





















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