ニデック永守氏の"次なる舞台"? ダイエー中内氏が創設した流通科学大学の盛衰に見る「企業系大学」の厳しい現実
石井学長が去った後、4年間、同大学で特任教授(専任)を務めた筆者も、学会で研究者たちに会うと「石井先生が学長をされていた大学ですね」と言われるのが常だった。
大学の公式ホームページや入学案内には中内氏の功績をたたえる記述はあるものの、経営破綻の経緯については一切触れていない。受験生に至っては、ダイエーが経営破綻した事実さえ知らない世代である。あまり気にしておらず、むしろ中内㓛という「歴史上の起業家」に興味を持っているようだ。
著名な建築家・安藤忠雄氏が設計した流通科学大学のキャンパスには、「中内㓛記念館」がある。地上階に中内氏が幼少・青年期を過ごした「サカエ薬局」が移築され、地下1階には中内氏の功績が短時間で理解できるように展示してある。この静まり返った大きな空間に立っていると、栄光の物語だけが残る古城跡にいるような気分になる。
「ダイエーの魅力」が消えた大学の現在
今、各大学は「2026年問題」に直面している。これは、26年以降は大学への進学率が上昇したとしても、18歳人口の減り幅のほうが大きく、進学者数が減り続ける状況を予測した言葉である。この結果、大学の定員割れが加速するとみられている。
流通科学大学も他人事ではない。中内氏が注目されていた頃は「流通科学大学へ入学すれば、ダイエーに就職しやすくなる」と期待する関西の受験生も少なくなかった。ところが、その後、ダイエーが経営破綻すると、当然のことながら「その魅力」はなくなってしまった。
流通科学大学は24年4月に51歳(当時)の清水信年氏が学長に就任し、改革を進めている。その取り組みの1つとして、データサイエンスとフードビジネスの新コースを発足させた。
さらに、以前にも増して留学生獲得に奔走している。すでに大学院はほぼ全員が中国人やベトナム人などの外国人という状態。かつてダイエーの看板が輝いていた大学は、再び輝きを取り戻せるか。
(中編に続く)
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