ニデック永守氏の"次なる舞台"? ダイエー中内氏が創設した流通科学大学の盛衰に見る「企業系大学」の厳しい現実
「学問の独立」とは、権力や時勢に左右されず、自由な精神のもとで学問を追究する姿勢を意味し、設立当初から大学の教育方針の中核をなしてきた。「学問の活用」は、学問を理論として追究するだけでなく、社会や時代の課題に応用し、実践的な成果につなげることを重視する考え方である。「模範国民の造就」は、知識や学問の修得とともに道徳的人格の涵養を重視する理念で、大隈氏自身も「知識のみではいかぬ。道徳的人格を備へなければならぬ」と述べている。
これら3つの理念は、創立以来文書として明記され、早稲田大学の教育の方向性を理解するうえで基本となる。
両伝統校に共通するのは、建学の精神が壁に飾られているだけでなく、大学の日常的な文化が「らしさ」として生き続けている点である。これは後発の企業系大学が容易に模倣できるものではない。
「ダイエー創業者」中内㓛氏と流通科学大学
では、実務志向を掲げて設立された企業系大学は、どのような歩みをたどったのか。その具体例として、流通科学大学と京都先端科学大学を見ておきたい。
スーパーマーケットという業態を日本に根づかせた中内氏は、「よい品をどんどん安く」という一貫した姿勢で価格破壊を推進し、流通革命の旗手として名をはせた。1972年にダイエーの売上高が三越を抜いて小売業日本一となり、80年には小売業界で初めて売上高1兆円を突破。91年には流通業界出身として初めて経団連副会長に就いたことで、財界における中内氏の地位は揺るぎないものとなった。
ところが、過大な借入金と拡大路線の歯止めが利かなくなったダイエーは、2001年に経営破綻に追い込まれ、15年にイオンの完全子会社となった。ダイエーの経営悪化とともに状況は暗転する。
価格破壊の雄が崩れ落ちると、流通科学大学の偏差値も下降傾向が生じ始めた。00年代初頭の流通科学大学の偏差値は45~50程度だったが、今や37.5~40.0(26年度一般選抜、河合塾)にまで落ち込んだ。大学の評判が創設者の評判に引きずられるという現実を、同大学は身をもって示したといえる。
そこで08年、マーケティングの大家である石井淳蔵氏(神戸大学名誉教授)を学長に招き、立て直しを図ろうとした。その結果、流通・マーケティングを強みとする学術機関としての評価は高まっていった。





















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