「生まれつき指が6本&猿顔&低身長」"醜悪"と評された豊臣秀吉が天下人になれたのはコンプレックスのお陰
秀吉のこの言葉からは、身長も低く、美男子でもないが、成功した自らへの自負のようなものが感じられます。コンプレックスに苛まれたこともあったかもしれませんが、それを努力を重ね、成功によって跳ね返したのかもしれません。
余談となりますが、筆者は500グラムの超未熟児で生まれたということもあり、秀吉のように身長が伸びませんでした。よって身長が低かった秀吉の気持ちもよく分かります。
秀吉には指が6本あった
秀吉の容姿について見てきましたが、秀吉には指が6本あったという説もあります。加賀百万石の礎を築いた前田利家の伝記『国祖遺言』には、秀吉は「右手の親指が一つ多く六つもあった」と書かれているのです。
フロイスの『日本史』にも秀吉の「片手には六本の指があった」とありますし、『看羊録』も「生まれた時、右手が六本指であった」と書かれています。『看羊録』は、長じて後、秀吉は6本目の指を刀で切り落としてしまったとあります。
しかし『国祖遺言』には「秀吉様は六つの指の一つを切り捨てなかったことを何とも思っていない」とあるように、秀吉は指を切り取っていないと書かれているのです。
おそらく、秀吉は指を切り取らなかったものと推測されます。信長は秀吉のことを「六ツめ」(『国祖遺言』)とあだ名で呼んだといいますが、好奇の目にさらされたと思われます。容貌のことも併せて、コンプレックスを抱いたと考えられますが、だからこそ、余計に上昇志向を秀吉は有していたと筆者は想像しています。
もちろん、秀吉には天性のものともいうべき、賢さや行動力がありました。上昇志向とそれらのものが結び付いて、秀吉はついに天下人となったのでした。
(主要参考文献一覧)
・桑田忠親編『豊臣秀吉のすべて』(新人物往来社、1981年)
・藤田達生『秀吉神話をくつがえす』(講談社、2007年)
・渡邊大門『秀吉の出自と出世伝説』(洋泉社、2013年)
・濱田浩一郎『秀吉と秀長 天下統一の軌跡』(内外出版社、2025年)
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