日本の教師が「過剰サービス」に陥った一つの要因 松坂桃李主演『御上先生』が突いた金八先生の罪
第2話冒頭の話に戻りますが、御上先生自身が「生徒のために奔走するスーパー熱血教師以外は教師にあらずという空気をつくってしまった」と語ります。これは単なるセリフではなく、日本の学園ドラマが46年かけてたどり着いた自己批評でもあります。
フィクションが現実を作る
ドラマはドラマに過ぎない――そう言い切れないのが、フィクションの恐ろしさであり面白さでもあります。
金八先生が作り上げた「熱血教師=正義、それ以外=怠慢」という図式は、テレビという巨大なメディアを通じて、何百万人もの保護者・生徒・そして教師志望者の「学校観」に刷り込まれていきました。ドラマを見て教師を目指した人も、ドラマに感化された保護者が学校に過剰な要求をするようになった側面も、両方がリアルに起きたわけです。
そして今、その揺り戻しとして「官僚先生」が生まれた。熱血でも説教でもなく、制度を内側から変える知性を持つ教師像。それが25年の学園ドラマが提示する答えです。
次はどんな先生が現れるでしょうか。学園ドラマは、時代の教育観を映す鏡であり続けます。
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