日本の教師が「過剰サービス」に陥った一つの要因 松坂桃李主演『御上先生』が突いた金八先生の罪

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79年10月、武田鉄矢演じる国語教師・坂本金八が東京の下町の桜中学校に登場したとき、日本のテレビ史に新しいジャンルが生まれました。それが「社会問題を正面から扱う学園ドラマ」というスタイルです。

非行、不登校、いじめ、家庭崩壊、薬物――当時はなかなか表に出づらかったこれらの問題を、金八先生は真っ向から取り上げました。熱血教師が生徒に向き合い、体当たりで問題を解決し、涙と感動の中で子どもたちが成長していく。そのパターンはシリーズを重ねるごとに磨き上げられ、「理想の教師像」として日本中に刻み込まれていきました。

あの有名な語り口「人という字は……」はいまだに語り草です。

「感化された先生」と「大嫌いな先生」の二極化

ところが面白いことに、教師という職業の人たちに「金八先生」の話を振ると、ある奇妙な現象が起きます。反応が真っ二つに割れるのです。

「あのドラマに感化されて教師になりました」という先生がいる一方で、「あのドラマは大嫌いです」という先生も決して少なくありません。

後者の代表格として名前が挙がるのが、元横浜創英中学・高等学校校長、工藤勇一先生です。工藤先生は『御上先生』の「学校教育監修」として名を連ねており、主人公・御上孝のモデルにもなった人物です。

工藤先生はこう指摘します。

「この学園ドラマから、何でも解決してくれるスーパー教師像が生み出されていきました。それによって、良いサービスを『してあげる』のが良い先生・良い学校で、保護者からすれば『学校が我が子にサービスを提供するのは当たり前』という考え方になった」

つまり金八先生は、教育を「サービス産業」に変えてしまうきっかけのひとつになったというのです。いじめが起きれば学校が悪い、成績が伸びなければ担任の責任――そんな「与えられることに慣れた」構図が、日本中の学校に定着していったと工藤先生は語ります。

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