「努力すれば成功できる」は本当か…数百万人規模の遺伝子データが揺さぶる教育の前提

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これは単なる研究の進展ではない。人間科学におけるパラダイム転換と言ってよい。それは目に鮮やかな画期的なものではない。数百人、数千人のサンプルではダメ(ふつうはこの程度の規模の研究しかなされない)、数万人でもダメ、それが10万人を超すデータを集めてようやく光が見え始め、100万人を超してやっと静かな勝利宣言に至るという桁外れの地道さに這いつくばり続けた結果得られた、いわば「愚直さの勝利」である。

人間の特性は、単一の遺伝子ではなく、とてつもなく膨大な微小効果の総体から生まれる確率的現象である。そこには単純な因果律では捉えきれない複雑さがある。だからこそ「風が吹けば桶屋が儲かる」という科学的事実を尊重しなければならないのだ。

相次ぐ社会的議論の展開

この愚直さの勝利により、プロミンやタークハイマーに先んじて、プロミンの弟子筋やその周辺世代の研究者たちが、近年、相次いで雄弁に社会的議論を展開している。代表的なのが、キャスリン・ペイジ・ハーデン(Kathryn Paige Harden)、ダニエル・ディック(Danielle Dick)、そしてユリア・コヴァス(Yulia Kovas)である。

タークハイマーの下で研究を進めたハーデンの主著The Genetic Lottery(邦訳『遺伝と平等』)は、行動遺伝学を社会正義の議論と結びつけた点で画期的だった。彼女の主張は明快だ。

・教育達成や所得には遺伝の影響がある

・しかしそれは「自己責任」を強めるのではなく、むしろ逆である

・才能も能力も「遺伝的ガチャ(genetic lottery)」の結果であり、道徳的な価値とは無関係である

だからこそ、社会は再分配を正当化できる、と彼女は論じる。特にアメリカで必ず問題となる人種問題に対しても、人種概念が生物学的根拠によらないことを丁寧に論じ、この問題を回避している。これは、行動遺伝学を新自由主義と結びつける見方への明確な反論である。遺伝を認めることは、競争社会の正当化ではなく、「運」によって生じた差を緩和する倫理的根拠になりうるという逆転の論理だ。

ただし、この議論がどこまで現実政治に耐えうるかは別問題である。とりわけ日本のように、露骨な人種問題が前面化していない社会では切実感に乏しく、抽象論にとどまったものと映りやすい。

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