「実は置屋と文豪の密集地帯」「山手線沿線なのに"無表情な街"」殺風景な駅前から一歩踏み出した先には意外な光景があった

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白石さんは田端の住むとちょっといいところをこんなふうに話してくれた。

「まず交通の便がいいことですね。都心にも出やすいですし、山手線の駅がある街のわりにはすごく静かなんです。田端駅の南口に降りると、なんだかほっとする感じがあるんですよ。下駄履きでふらっと行き来できる範囲に暮らしがまとまっていて、商店街にも街のあたたかさが残っています。そういう、特別派手ではないけれど、普遍的なよさがこの街にはあると思っています。

当館では、田端に住んでいる人、特に子どもたちには、たくさんの文士芸術家が暮らしたこの街に誇りを持ってほしいと課外授業などでも繰り返し伝えています。『出身はどこですか』と聞かれたときに、『山手線の田端です。何もない街なんですよ』で会話が終わってしまうのは、やっぱりもったいないなと思うんですよね」

かつては「置屋密集地帯」だった

実際に訪ねるまでは、無表情だと思い込んでいた田端の街に、文士村というこれまで知らなかった表情が見えてきた。そして、田端の表情はこれだけではない。

来館客で賑わう田端文士村記念館(筆者撮影)
芥川龍之介の家を再現した模型(筆者撮影)
芥川龍之介旧居跡を示す看板(筆者撮影)

田端駅から南西方向に15分ほど歩くと、「田端銀座商店街」に行き着く。東京都北区の端で、豊島区と隣接する場所だ。JRの駅でいうと、「駒込駅(豊島区駒込2)」にも近い。また文京区の本駒込にも接している。

本駒込の5丁目界隈にはかつて、料理屋と芸妓の待合、置屋の「三業」が集まった「駒込三業地」が広がっていた。

『花街の引力』(清談社Publico/三浦展著)には、「駒込三業地の設立は1922年。当初は料理屋32軒、待合21軒、置屋38軒とけっこう大規模である。今は料亭も待合も何もなく、普通の住宅地に変わっているが」とある。田端銀座商店街は、この本駒込5丁目に接している。

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