完全な新デザインにしなかったのは、当時の時代背景があったようだ。2000形の登場時はバブル経済の崩壊直後。鉄道の利用者数もピークを過ぎ、その後は減少に向かうと予測されていた。
鈴木さんは、登場時はまだ設計に携わっていなかったので後から聞いた話だが……と前置きしつつ、「設備投資もお金をかけるべきところを選んでいかなくてはという流れの中、外観については1000形でいいデザインができていたので、別のところにお金をかけてしっかり造るという方針になっていった時期」と話す。
実際に、機能面ではドア幅だけでなく、数多くの新機軸を取り入れた。台車は、当時鉄道各社に普及しつつあった軽量の「ボルスタレス台車」を小田急で初採用。ブレーキも反応が迅速でメンテナンス性も高い「電気指令式」をロマンスカー以外で初めて導入した。これらはその後、小田急車両のスタンダードになった装備だ。
細かいところにも新機軸
登場時のパンフレットによると、2000形のテーマは「やさしさ」だ。
乗客サービスの面では、座席は1人ずつのスペースを区分して座り心地を改善した「バケットシート」を初めて導入。ドアも幅を広げただけでなく、それまでの車両では車内側が一段凹んでいた窓ガラスをドアの表面とほぼフラットにし、指が戸袋に挟まれる事故を防ぐ構造にした。3本目の編成からは、走行中のドアのバタつきを抑える改良も加えている。
エアコンは温度を下げずに除湿できるシステムを導入。ドアの上から雨水が垂れて乗客にかからないようにする「雨よけ」も設置した。車いすスペースを小田急で初めて設けたのも2000形だ。内装はピンク色が基調で、これもその後の車両に受け継がれた。





















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