「福岡県民がホッとする"やわモチ麺"はこうして誕生」─焼肉主軸だった《ウエスト》がうどんで地元の定番になった訳
その流れの中で、1999年3月、ウエストは「うどん」を焼肉に続く「第2の核」として明確に打ち出す。それまでの10年間、焼肉単独店の出店に全力を注いできた方針を完全転換する決断だった。
同年6月には、うどん単独店を一気に4店舗同日オープン。各店とも好調な売り上げを見せ、1年後には20店舗へと増加する。そして掲げられたのが「うどん100店」という目標だった。約6年後の2005年、その目標は達成される。
この時期の変化について、当時を知る同社広報・人財室の加来勇一さんはこう振り返る。
「100店の目標を達成したあたりから、世間の認知が変わったと思います」
うどんの単価は焼肉より低い。しかし回転率が高く、さほど広い面積がなくても出店できる。小回りが利く業態として、うどんは急速に生活圏へ入り込んでいく。結果として、この1999年の決断が「ウエスト」の重心を静かに移していくことになる。
定番化を支えた麺・スープ・揚げたて天ぷら
うどん100店計画と同時にウエストは「味の作り方」を根本から変えていった。それは効率化のためだけではなく、“安定した一杯”を守るための選択だ。
ウエストはかつて手打ちうどんも行っていた。打ちたては確かにおいしい。しかし問題は、常に打ちたてを出せるわけではないことだった。
「手打ちでやると、タイミングによってどうしても順繰りに質の落ちたものが出てしまう。時間とか日によって味が違うわけです」
店が忙しい時間帯、仕込みのタイミング、職人の熟練度。条件が少し変わるだけで味は揺れる。苦労して手打ちをしても、悪い状態のものを出してしまえば意味がない。そこで選んだのが、粉から徹底的に開発した特注の冷凍麺だった。これにより、ウエストが重視する“モチモチ感”を、安定して再現し続けられるようになった。
スープも重要である。ウエストではあじこやいりこを手で剥き、各店舗で出汁を取っていた。だが店舗数が増えるにつれ、味のばらつきが目立つようになる。人手も足りなくなってきた。そこで材料を砕いたものを使い、鍋に入れるだけで安定した出汁が取れるティーパック形式へと切り替えるようになったのだ。





















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