1日17万個売れる《大阪土産のド定番》豚まんチェーン…「点心セット」「数量限定メニュー」の底力を確かめてきた

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その理由を八田さんは、「前日から豚肉をタレに漬け込み、朝から焼いて、刻んで、たけのこや椎茸と合わせてタネを作って運んでくるんです。だから個数も限られますし、開店10時ではなく11時からしか販売できない」と説明する。

手間がかかりすぎる商品なのだ。

チャーシューまん
チャーシューまんには、甘辛いタレに漬け込んだチャーシューがゴロゴロと(写真:筆者撮影)

いただいてみると、豚まん生地の中に、甘辛い風味が染み込んだチャーシューがゴロゴロ入っている。ゼリーのようなぷるっとした食感で、肉々しい風味。豚まんとはまた違った満足感があった。

551の原点は「中華料理店」ではなかった

さて。ここからいよいよ551の謎を解き明かそう。まず驚いたのは、551の原点が「中華料理店」ではなかったことだ。では何屋だったのか? そして、「551」とは何の数字なのか。経営者の異なる「蓬莱」が大阪に3つあるという噂は本当なのか。

答えはすべて創業の歴史にある。

1945年、終戦直後の大阪。551の原点は台湾出身の羅邦強さんが、同郷の仲間2人と共に大阪・難波に開いた「蓬莱食堂」だった。「蓬莱」とは台湾でいう「桃源郷」といった意味だ。

第二次大戦中、台湾は日本の統治下にあり、その関係性から行き来がしやすかった。だから終戦前後、来日して飲食業で身を立てた華僑は多い。羅さんもその一人で、「日本で食に関わる商売をしよう」と来日したという。ただ、最初から豚まんを売っていたわけではない。

 本店
現在の551蓬莱本店。いつ訪れても長い行列ができている(写真:筆者撮影)

「もともとはカレーライスなども出す食堂だったんです。カレーライスが出したかったというより、多分カレーライスぐらいしか出せなかったんじゃないのかなと思います。戦後で材料がなくて」

やがて経営が軌道に乗ると、羅さんは中国料理の提供を始める。そして、仕入れのために神戸の市場に通ううち、台湾でなじみのあった豚まんじゅうに目をつけた。神戸には『老祥記』など、すでに豚まんじゅうを売る店があったのだ。

「台湾のまんじゅうはうちのより小さいですが、大阪の人たちは戦後で忙しくしていたし、満足感を得てもらいたいとアレンジしたようです」

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