今回のカタログギフトは、推測するに、石破政権時代に叩かれた「10万円の商品券」を意識しての金額と形態だったのだろう。いわば「昭和的な自民党の慣習」と「令和のニューノーマル」の妥協的産物であったことは想像にかたくない。だが、はたして国民がこのカタログギフトを大問題として取り上げて、追及してほしいかどうかはまったくの別問題である。
疑惑追及に乗る必要はない
この点で、中道の泉健太衆院議員は冷静だった。泉氏はXで、新聞記事を引用する形で、「アホいうたらあかんよ。報道は『批判は必至。予算審議に影響を与える可能性』いつもこうやって野党を疑惑追及に向かわせてきた。でも乗る必要はない」「中道は、国会で政策質疑を優先する」「総理の対応が誠実かどうかは国民が判断する」と投稿した。
泉氏の指摘は、政治に対する国民の目がより現実的なものに、厳しいものになっていることを暗に告げるものであった。そして、与党を痛烈に批判する中道をはじめとする野党のスタンスが、このようなマスメディアの口車に乗ることによって「批判するしか能のない野党」として受け取られ、ますます国民の支持を失うという悪循環に陥る事実を明快に物語っている。
新しいポピュリズムの時代において、政治家には「専門的な解決能力」と「大衆との直接的な連帯」の両輪が求められるようになった。高市政権では、すでにガソリン暫定税率の廃止と「103万円の壁」引き上げなどで短期間に一定の実績を上げながら、持ち前のキャラクターとSNSの戦略的なコミュニケーションによって国民に活力を与えることに成功した。中道は、この両方とも貧弱だ。
高市氏肝煎りの超党派で構成される「社会保障国民会議」に、チームみらいが加わったことは、“空騒ぎ”の様相を呈すカタログギフト問題よりも重大な転換点に入ったことを示している。報道では「実体が伴わないままの船出」「看板に偽りあり」などと論評されたが、これは高市氏が本格的にテクノ・ポピュリズムの要素を政治運営に持ち込み始めたと見ていい。




















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