「誰がダマしたのか」大惨敗の中道に渦巻く怨嗟の声、"落選者ヒアリング"通過でも湧き起こる分党論争とジリ貧の惨状
「皆様の胸中にもさまざまな思い、さまざまなお考えがおありかとよくよく拝察している。これを全面的に、今後に生かすための前向きな議論として、しっかり執行部を挙げて受け止めたいと思っているので、前に進むための極めて必要な大切な作業ということで、忌憚ないご参画、または意見表明を心よりお願い申し上げる」
中道改革連合は2月28日午後、今回の衆議院選挙で落選した候補者へのヒアリングを行った。落選議員や新人など170人ほどがオンラインで参加した同ヒアリングの冒頭で、小川淳也代表はこのようにあいさつした。
ヒアリングは時間を制限せず、すべての声を受け入れる姿勢を示した。党の再生を目指す決意とも受け止められるが、その右隣に座った野田佳彦前共同代表と斉藤鉄夫前共同代表にはつらい時間になったに違いない。野田氏は鎮痛な面持ちを見せていた。
代償が大きすぎた野田氏「3度目の失敗」
野田氏は中道が衆院選で惨敗した翌日の2月9日、執行役員会の後の会見で「万死に値すると思う」と述べ、「結果を出せないということは、私の器はだめだとしか言いようがない」と自省した。
2024年9月の立憲民主党代表選で12年ぶりに「党の顔」になった野田氏には、首相経験者としての安定感が期待された、はずだった。だが、民主党時代を知る関係者は「これで3度目だ」とため息をつく。
「最初は05年の『堀江メール事件』で、野田氏は民主党の国会対策委員長として防止できなかった。2度目は12年11月に衆議院を解散し、民主党を下野させた。今回は3度目だ」と語気を強めた。
もっとも12年の衆院選では、当時の民主党は230議席から57議席へと173議席も減らしたが、岡田克也氏や枝野幸男氏などベテラン勢は生き残った。一方、今回は立憲系の当選者は21人にとどまり、かつてのベテラン勢は野田氏を除いて全滅した。




















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