さらに、弘治3年か弘治4年に、今度は弟の信勝のほうにも、義龍は挨拶の書状を出し、改めて使者を通じて連絡する旨を伝えている。
ともに、信長と義龍が対立関係にあるなかでの書状だ。義龍が信長の兄と弟の両方に接近しようとしていたことは明らかである。
その結果、兄・信広は義龍と手を組んで、信長を挟み撃ちにするべく、清洲城を乗っ取ろうと動く。そして弟の信勝も信長に反旗を翻すことになる。
結果的にともに失敗に終わっているが、動揺を与えて疑心暗鬼を生み出すことには成功している。
そそのかされた“信長の兄弟”の運命
兄・信広は信長に歯向かったのは1度のみ。その後は許されて、信長のために各地を転戦している。
だが、弟の信勝は2度目の決起だったため、信長としても見過ごすわけにはいかなかった。義龍が弟たちに行ったのと同じように、信長も仮病を用いて弟・信勝を呼び寄せると、やむなく家臣に討たせている。冒頭でのドラマのシーンは、まさにそのときの描写である。
信長にとってなんとも厄介な存在だった義龍だが、永禄4(1561)年に33歳の若さで病死。信長が美濃の攻略をようやく果たしたのは、そのあとのことだ。
実に5年近くも信長は美濃の壁を越えることができなかったのである。
【参考文献】
木下聡著『斎藤氏四代 人天を守護し、仏想を伝えず』(ミネルヴァ書房)
加来耕三訳『武功夜話 秀吉編 現代語訳』(KADOKAWA)
藤本正行著、鈴木眞哉著『偽書「武功夜話」の研究』(歴史新書y)
杉山博編『多聞院日記索引』(角川書店)
竹内理三編『史料大成多聞院日記〈全5巻〉』(臨川書店)
太田牛一著、中川太古訳『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)
河内将芳著『図説 豊臣秀長 秀吉政権を支えた天下の柱石』(戎光祥出版)
柴裕之編『豊臣秀長 シリーズ・織豊大名の研究』(戎光祥出版)
新人物往来社編『豊臣秀長のすべて』(新人物往来社)
真山知幸著『企業として見た戦国大名』(彩図社)
真山知幸著『戦国最高のNo.2 豊臣秀長の人生と絆』(日本能率協会マネジメントセンター)
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