「今もアイドル」「一緒に朝ご飯を食べてるのが信じられない」 《推しのギタリスト》と国際結婚した日本人女性…"51歳の現在地"
結婚当初、カニサレスは人生の転換期を迎えていた。彼は10年間にわたりフラメンコ界のレジェンド、パコ・デ・ルシアのセカンドギタリストを務めてきたが、独立してソロ活動を始めようとしていたのだ。
「セカンドギタリストというポジションは、世界のフラメンコギタリストが目指したい場所でもありました。けど、彼の音楽をずっと聴いてきて、自分の音楽がやりたい、このままではできない、ともがいているのを感じたんです。彼の音楽こそが正義だと信じていたから、彼の音楽ができる環境を整えなきゃいけないと思いました」
しかし、現実は厳しかった。パコ・デ・ルシアとともに世界中の一流劇場で演奏してきた実績があるが、独立した途端、誰も見向きもしなくなった。
「パコ・デ・ルシアと一緒だから、大きな舞台で演奏できてたんです。だから、独立して『パコ・デ・ルシアのセカンドギタリスト』だと売り込んでも、相手にしてもらえない。それが現実でした」
レジェンドの力の大きさを改めて実感したが、それでも、カニサレスの音楽を埋もれさせるわけにはいかない。真理子さんは決意した。自分がマネージャーになろうと。
まずは下積みとして、スペインの著名な舞踊家マリア・パヘスの舞踊団に入り、ロードマネージャーとして2年間修業した。ツアーの組み方、プレス対応、舞台制作のすべてを学んだ。
業界にはびこるドラッグと枕営業の罠
26歳のとき、音楽事務所を立ち上げた。資本金は3000ユーロ(当時のレートで約30万円)。日本からの貯金を切り崩して払った。
マネジメントのノウハウは身につけた。しかし、いざ営業をかけても、仕事は取れない。スペイン語がまだ不慣れな、若いアジア人女性というだけで門前払いされてしまう。人脈を広げようと、業界のイベントにも足を運んだ。そこで待っていたのは別の壁だった。
「ドラッグです。誘われるんですよ。あとは『僕と寝たら仕事をあげる』というのもありました。断ると無視され、仲間に入れてもらえない。でも、絶対だめだ。ここに足を踏み入れたら、彼の音楽が汚れてしまう、と思ったんです」
名刺は山ほど集まったが、一枚たりとも使えるものはなかった。





















無料会員登録はこちら
ログインはこちら