「200テナント中、3店舗しか営業」せず"明るい廃墟"と呼ばれていたが…いつの間にか復活「滋賀の廃墟モール」現地でわかった逆転劇の実態

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しかし、2008年という時期が悪かった。折しも2008年にはリーマンショックが発生し、その煽りを受けて運営会社であった大和システムが経営破綻。そこに加えて、ピエリ守山の開業を受けて近隣に多くの商業施設が乱立。それらに客足をさらわれたこともあって、だんだんとピエリ守山は衰退していく。

なんでも、衰退の最盛期(?)では、約200あるテナントのうち、3店舗しか営業をしていなかったという。

筆者は仕事がら、そのような「デッドモール」(廃墟モール)をよく視察に行く。その廃墟具合は様々で、1階から最上階までほとんどテナントが空いている施設もあれば、2階以上は多くのテナントが空いているが1階はスーパーやドラッグストアがある施設もある。前者の場合、多くの人が「廃墟モールと呼んで差し支えないだろう」と思うだろうし、後者の場合は「廃墟と呼ぶほどか……?」と感じる人もいるだろう。

要するに程度の問題であり、訪れた人の感性によって判断が分かれるということだが、ピエリ守山のかつての姿は、おそらくほとんどの人が「デッドモール」だと感じたことだろう。

デッドモールによく訪れる筆者も、200分の3は見たことがない。館内には蛍光灯だけが光り輝き、まさに「明るい廃墟」の名前をほしいままにしていたのである。これが、2012年あたりのことである。

しかし、その後いくつかの企業の支援のもとで再生計画が進められ、最終的には双日商業開発が運営元になる形で2014年に再オープンを果たす。当時、滋賀県内にはなかったアパレルブランドなどを入れる形で他の商業施設の客足を引っ張ってきた形である。リニューアル後は好調で、現在も定期的にテナントが入れ替わり、お店の更新が図られ続けている。

ピエリ守山復活の背景は?

ここで気になることがある。

いま、何気なく「復活した」と書いたが、一度廃墟になったモールが復活するのは、なかなか難しい。モールの魅力はテナントがずらっと揃っていることにあり、一度廃墟状態になってしまえば、良いテナントが一つ二つ入ったところで、なかなか施設全体の活気は戻らないからだ。

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