世界に民主化の流れをつくった「ピープルパワー革命」から40年/先頭ランナーのフィリピンはその後なぜ周辺国に劣後したのか

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40年前、私は新聞社の大阪社会部員だった。暴力団山口組の幹部が銃器や覚せい剤を密輸しようとしたとしてホノルルで逮捕された事件の陪審員裁判を傍聴するため、現地に滞在していた時にマルコス一家がやってきた。この時の畑違いの取材がフィリピンとのかかわりの始まりだった。

10年後の96年、マニラ特派員になっていた私は「政変10年」の企画で、イメルダやボンボンを含む当時の関係者にインタビューを重ねた。20年後の06年2月にもマルコス、アキノ両家の娘たちのその後を取材し、記事化した。30年目の16年5月にはロドリゴ・ドゥテルテが当選した大統領選を現場で眺めていた。

この間の私の観察では、フィリピン経済を取り巻く構図は驚くほど変化していない。

要因は複合的だが、まず周辺国に比べて製造業の集積が少ない。出生率が他国より高く、人口ボーナス期が今後も長く続くと予想されているが、製造業が弱いため雇用を吸収できていない。

教室不足や教員の給与水準の低さもあり、教育の質や人材の高度化が進まない。保護主義的な規制や中華系財閥による寡占が外資の参入を阻んでいる。

程度の差はあれ、国民の大多数が英語を話すことは評価される反面、海外出稼ぎへのハードルを低くし、あらゆる階層での人材流出につながっている。シニアの時代から続く政府の出稼ぎ奨励策もこれを後押しする。海外送金に依存する消費型サービス産業中心の経済構造が定着したゆえんだ。モールの増殖もその裏返しだ。

大統領任期が1期6年に限られ、政策の継続性が担保されないうえ、クーデターや弾劾の試みが繰り返される政情不安がたびたび起こる。

最大の要因は、改善しない腐敗体質

ガバナンスの不全の背景には底なしの腐敗がある。大統領から地方議員まで特定の家族が公職をたらい回しする政治王朝が跋扈し、汚職体質は代々受け継がれる。貧富の格差が縮小する気配もない。 

アジアでは20世紀後半、開発独裁と呼ばれる体制をとる国が多かった。フィリピンは、韓国、台湾、インドネシア、シンガポールと並ぶ代表例とされた。

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