「将来は総理大臣に」東大野球部に在籍しながら司法試験に合格した彼が描く日本の未来

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スタンリーさんは高等部に進んでからも硬式野球部に入ります。内野手から投手にコンバートしたものの、「一度もベンチ入りの争いにすら加われなかった」と当時を振り返ります。

「投手に転向してから、いけるかなと思っていたのですがダメでした。そこで、高校2年生の5月にこのままだと自分はチームに貢献ができないと思って、学生コーチになると監督に申し出て、選手は引退しました」

(写真:スタンリーさん)
(写真:スタンリーさん提供)

高等部に進んでからは成績も上がり、2年生で文系コースに入ってからは学年で1位になったスタンリーさんですが、3年生間近になって、コロナ禍に突入したことで将来をいろいろと考える時間ができます。

「コロナで野球部の活動が完全に休止となったため、急に暇な時間ができました。この時期、自分の将来について考えていたのですが、政治の道に進みたいなと思うようになりました。僕は日本とアメリカのハーフでアメリカにも何度も行っていますが、ずっと日本のことが好きだという思いがありました。

一方で、日本の国会中継などを見ていろいろと思うところがあり、政治家になって、いつか総理大臣になりたいと思うようになりました。そこで国会議員の出自を調べてみたら、官僚出身と弁護士の方が多かったので、司法試験を受けようと思い勉強を始めました」

野球への思いが再燃

高校3年生の5月には早稲田大学に進学する推薦を受けるための学力テストを受けたスタンリーさん。ここで彼はぶっちぎりの1位になったので、早大の中でも最難関学部である政治経済学部を進路に選択します。

早大に進学してからは新しくスカッシュを始めたり、早稲田スポーツ新聞会に入ったりするなど充実した生活を送りながら、司法試験の予備試験に向けて勉強を進めていたスタンリーさん。

「もう野球はいいかな」と思って大学に入ったこともあり、大学1年生のときは高校のときに野球に区切りをつけた気持ちと変わらず、普通に過ごしていたそうです。

しかし、大学2年生になってからは、1個下の後輩や、高校時代に実績がなかった同級生が早慶戦で活躍をしているのを見て、次第に野球に対する熱が上がっていきます。そしてプレイヤーとしての野球への思いが完全に再燃するきっかけとなる出来事が、10月に起こりました。

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