スタンリーさんは、東京都練馬区に、アメリカ人の父親と日本人の母親のもと生まれました。「母親と些細なことで帰り道に毎日喧嘩していた記憶がある」と語る保育園に通う頃から、野球は大好きでした。
「保育園のときから父親とキャッチボールをしたり、新聞紙を丸めて野球をしたりしていました。2009年のWBC(ワールドベースボールクラシック)を見て、イチロー選手が好きになったので将来は自分もメジャーリーグに行きたいと思いました」
小学1年生のときに光が丘コメッツで少年野球を始めたスタンリーさん。強いチームだったようで、練馬区大会で4・5・6年生時に3連覇。都大会でも最高でベスト16を記録します。スタンリーさんは5年生でキャプテンとなり、試合に出場していました。
早稲田実業の中等部で野球と勉強を両立
一方で、学業面も秀でていました。インターナショナルスクールに通い、1学年20~30人の中で成績は一番だったと語ります。中学受験では早稲田実業学校を第1志望に設定し、4年生から塾に通い始めました。
「甲子園に行きたいというのと、高校まで得意な勉強を続けたいという思いがあり、関東圏で勉強もできて甲子園にも行ける学校を探したら、早実(早稲田実業学校)がありました。小5からがっつり勉強を始め、小6のときには土日に塾と野球場をハシゴするなど野球と勉強を両立していました」
その甲斐あってスタンリーさんは、第1志望であった早稲田実業学校中等部に合格することができました。
早稲田実業学校中等部に進んだスタンリーさんは、野球部に入ってプレーを続けます。1学年に20人いるなか激しいレギュラー争い。その熾烈な争いの中で、思わぬアクシデントが彼を襲いました。
「中学2年生のときに肘を怪我してしまいました。それで中3のはじめまでプレーできない状態が続いたのですが、復帰できても怪我が尾を引き、本調子が出せずに僕はずっと控えでした」
勉強面では1年生の最初のテストで学年1位を取ったことで満足してしまったそうですが、それ以降のテストも上位10%には入っていました。





















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