抗酒剤は、アルコールが分解されて生じるアセトアルデヒドの代謝を妨げる。アセトアルデヒドは二日酔いの原因物質だ。抗酒剤の服用中にアルコールを口にすれば、血中のアセトアルデヒド濃度が上昇し、悪心・嘔吐、頭痛、動悸、顔面紅潮、呼吸困難などの不快反応、要するに二日酔い症状に襲われる。「飲めば地獄の二日酔いになる」とわかっていれば、心理的に酒は飲みにくくなる。
「俺は、『抗酒剤を飲んだ日は、死んでも酒は飲まない』というルールを自分に課している。だから、何があっても病院に抗酒剤を飲みに行く。それを習慣にするんだよ。そうやって1日1日を飲まないですごして、今日で断酒は812日目だね」
「偉いですね」。思わず僕の口から出た言葉に、齋藤さんは笑みを浮かべる。
「デイケアに2年と2カ月通っているけど、見ていると患者の8割方はスリップ(再飲酒)するんだよね。その点で、俺は通っている病院で一番優秀な患者だよ」
そう言って齋藤さんは胸を張った。僕には想像もつかないが、アルコール依存症患者が断酒を続けるということは、相当に困難な道のりなのだろう。
東大卒の友人のサポート
齋藤さんは自分を取り巻く人間関係について語る。アルコール依存症を患い、警備員の仕事も失った齋藤さんに救いの手を差し伸べたのは、東大でできた友人とその関係者だった。
「俺を病院に連れて行ってくれた東大卒の編集者と、彼の知り合いの京大卒の編集者が、今、俺のまわりにいてね。2人とも、東大を出て漫画を描いたり警備員をやったりしてた俺の存在を面白がっているみたいで、何かと気を遣ってくれるんだよね。
出版社は違うのに連絡を取り合って、交互に仕事を持ってきてくれる。今は主に一般向けの教養書とマイナーなムック本の挿絵を描いているよ」
齋藤さんは、その2人の編集者だけには、田舎の親にも知られていないデイケア通いを告げていた。2人は齋藤さんのキャパシティーを考慮して、毎月、無理のない量の仕事を振ってくれるという。齋藤さんの原稿料は、モノクロ画1枚がたいていの場合で税込み5500円。月に40枚くらい描いて、月収は20万円を少し超えるくらいとのことだった。
かつてヨーロッパで、王や貴族、資産家などがパトロンとなって画家や音楽家を保護・支援していたように、現代の日本でも、東大卒・京大卒という高学歴・高収入の編集者が、齋藤さんをサポートしていた。
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