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ライフ #記憶に残る喫茶店を訪ねて

「カウンターに立ち続けて39年」「休みは盆と正月だけ」蝶ネクタイのマスターが営む“ふつうの喫茶店”が、地域で愛され続ける理由

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退職を引き止められ辞めるのに半年かかったが、自分で区切りにしていた10年目に退職できた。

退職後、河合さんは喫茶果琳の店長に就任。

愛嬌の良さから「三国のアイドル」と呼ばれるほど、河合さんファンのお客さんが増えた。

妻の仁美さんも果琳のお客さんだった。

12歳年下だったから、結婚できるとは思っていなかったそうだ。

「年の差があり一度は諦めかけていましたが、妻が積極的に動いてくれたおかげで結婚できました。義理の両親に認めてもらうため、喫茶果琳で働く姿を見てもらったところ結婚を承諾してくれました。義理の両親も自営業で、商売への理解があったのも幸運でした」

30年通う常連客と話す河合さん(著者撮影)

河合さんの理想である「家族のような温かさを持ち、地域に根ざした喫茶店」のスタイルは、喫茶果琳での経験から培われたと話す。可輪亜居をオープンしたときも、喫茶果琳でできた友達が大勢来て応援してくれたという。

独立して珈琲家族 可輪亜居を開店

オープン当日に友達が撮ってくれた写真。隣は妻の仁美さん(河合さん提供)

1986(昭和61)年、珈琲家族 可輪亜居を開店。

河合さんは「独立をきっかけにアイドルから本格派に脱皮しました」と飄々と語る。

阪急沿線に店を出すのが最優先で、神戸線や千里線などいろんな物件を見て回った。

蛍池は当時田舎だったが、この場所は駅から近く人通りもそれなりにあるから商売になりそうだと思い決めたそうだ。

近隣には喫茶店が9軒あったが、コーヒー専門店はなかった。

地域を知るために、チラシを駅前で配り住宅へポスト投函をした。

ツナゴボウサンドを調理中。キッチンが低く前かがみの姿勢になるので腰に負担がかかる(著者撮影)

河合さんは75歳の現在も、朝7時から18時半まで店に立つ。

休みは盆と正月だけ。この生活が39年続いている。

「友達には恵まれている」と河合さんは繰り返し語った。

「その時代その時代に出会った友達が、自分の人生を豊かにしてくれたと思っています。だから可輪亜居でも人との繋がり、心の繋がりを大切にしていますね」

自分のことを「『コーヒーが美味しかった』という一言があれば、一日満足できる単純な人間」だと言うが、誰もが自然体で過ごせるような空気感は河合さんにしか作れない。

いつの間にか店内は満席になっていた。

手一杯の河合さんを見かねて、カウンターに座っていた女性が客が帰ったままの状態で放置されたテーブルを片付けはじめる。

なんでも女性は元アルバイトで、今日は客として店に来たらしい。河合さんのフォローは慣れているそうだ。

「家庭を持って、子どもを持って、孫もできて、長年商売をやらせてもらって、こんな幸せ者はいないですよ」。河合さんは人懐っこい笑顔を見せた。

編集部注:本記事に登場するメニューの価格はすべて取材時点のものです。昨今の円安、原材料高騰などの影響を受けて価格が改定されている可能性があります。

 

【画像を見る】本編で紹介しきれなかった画像も! 「珈琲家族 可輪亜居」の手作りケーキに、アルコールランプで湯を沸かす様子はこんな感じ

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