トランプの登場で蓋が開いてしまった「パンドラの匣」 果たして最後に"希望"は残っているのか
池上 1978〜79年のイラン・イスラム革命を思い出します。それまでイランは「パフラヴィー朝」という王政(君主制国家)で、シャー(国王)のもとで西洋化・近代化が進められていました。しかし、その過程で経済格差の拡大、政治的独裁、宗教的価値観の抑圧などに対する不満が国民の間で高まっていきました。
やがて王政は倒され、シーア派の高位聖職者ホメイニ師を中心とする宗教指導者たちが権力を掌握し、「イスラム共和国」となりました。そして、預言者ムハンマドの時代の教えに基づいた「イスラム法(シャリーア)」を基盤とする国家運営が始まったのです。あのときは、「時代は進歩していくものだと思っていたのに、この現代に1400年前の価値観に戻るのか!」と大変衝撃を受けましたね。
歴史は一直線ではなく、行きつ戻りつ進む
しかし、革命から40年以上が経ち、現在のイランでは、厳しい宗教的ルールや自由の制限に対する不満が国民の間で高まり、特に若者や女性を中心に、「もっと自由を」と変化を求める声が強くなっています。
歴史は「一歩前進、二歩後退」、または「一歩後退、二歩前進」というように、揺れ動きながら進んでいくものなのでしょう。レーニンも、『一歩前進、二歩後退』という著作を残していますね。
増田 日本には、「三歩進んで二歩下がる」という歌詞の水前寺清子さんの「三百六十五歩のマーチ」という往年のヒット曲がありますよ。三歩進んで、二歩下がる……。これなら、二歩下がったとしても、一歩は進んでいるということですね。
池上 世界もそうかもしれません。一気に三歩進みましたが、いまは二歩下がっている時なのかもしれない。しかし、トランプがどんなに昔の価値観に戻そうとしても、私たちはすでに「現代」を経験しています。トランプ政権下の反省や見直しも、今後多く出てきて、きっとまた前に進む力になるでしょう。
歴史は常に反省を重ねながら、ゆっくりと前へ進んでいくものなのです。そう信じましょう。
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