斜面を上って、下って、また上って…。平均年齢55歳が支える長崎・佐世保の「人力ごみ収集」、知られざる「引き出し作業」体験ルポ

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体験するとすぐに息が切れてしまい、運び終えた時には「もう無理」「ちょっと休憩」となってしまった。小川氏は淡々とした表情で手際よく運びあげていた。

収集車が清掃工場を往復する間は、作業員は現場で休憩をとる。民家の駐車場を借りてあり、そこでしばらく休む。

休憩中
休憩用に借りている民家の駐車場で身体を休める収集職員の皆さん(写真:筆者撮影)

通行人に挨拶したり、顔見知りの人が来ると声をかけたりする。休憩せずに引き出し収集を続けていくと考えていたのだが、このような時間が確保されていて救われた。

休憩中に引き出してきた坂や階段を見ていると、この作業を請け負う業者が現れないのがよく分かった。

直営比率の向上による業務の継続性の確保

佐世保市では行財政改革の一環で現業職(現場での仕事を担う人)の見直しが進められており、今回体験した引き出し収集も含め2033年から民間業者への全面委託を計画している。

背景には、地方交付税の算定方式を利用して、国が自治体に対して現業職の民間委託を誘導している(トップランナー方式)ことがある。地域の実情が勘案されているとは言えず、一律的に現業職を削減する方向へ促されている。

人員削減の影響で引き出し収集を担う若手は入っておらず、平均年齢は2024年5月1日現在、筆者と同年齢の54.9歳となっている。このまま高齢化が進めば、持続的なサービス提供が危ぶまれる状況になっている。

実際に体験して痛感したのが、一定の力が必要となることに加え、非常にけがのリスクが高い点である。

ごみの積み込み方から運び方までこれまで蓄積してきた細かいノウハウが継承され、チームワークによって取り組まれているため、引き出し収集が効率的に事故なく行われている。

引き出し収集の引受業者がいないのは、けがのリスクが高く、継続的に業務を引き受けられないと判断するからだと推察する。

安定的に引き出し収集というサービスが提供されるのは、「地域住民に役立ちたい」という思いからリスクを顧みずに業務に専念する収集職員のモチベーションが根底にあり、継承されてきたノウハウを生かして作業しているからである。

全国的に自治体財政は厳しい。効率的な行政へと改革していく路線は間違ってはいない。しかし、地域ならではの業務には全国一律の基準の適用はふさわしくなく、地域の現状、業務の特殊性を考慮する必要がある。

必要な人材は採用して直営比率を向上させ、ノウハウをしっかりと継承しながら安定的にサービスを提供する体制を構築していくことこそが「行政改革」なのではなかろうか。

そうでなければ、「改革」の結果、民間業者の過度な利益追求によりサービス水準は低下し、住民が馬鹿をみる状況に陥るのではないかと思えてならない。

【写真】体力勝負!知られざる「引き出し収集」の現場(19枚)
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藤井 誠一郎 立教大学コミュニティ福祉学部教授

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ふじい せいいちろう / Seiichiro Fujii

1970年生まれ。同志社大学大学院総合政策科学研究科博士後期課程修了。博士(政策科学)。

同志社大学総合政策科学研究科嘱託講師、大東文化大学法学部准教授などを経て現職。専門は地方自治、行政学、行政苦情救済。

著書に『ごみ収集という仕事――清掃車に乗って考えた地方自治』(コモンズ)『ごみ収集とまちづくり――清掃の現場から考える地方自治』 (朝日選書)『ごみ収集の知られざる世界』(ちくま新書)がある。

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