不完全燃焼で現役時の受験を終えた彼は浪人を決意します。その理由を聞くと、「周りもしていたから流れでしようと思った」と答えてくれました。
こうして1浪目は代々木ゼミナールに通って浪人生活を開始しますが、浪人で久しぶりに中学時代の友人と再会したことで、よく一緒に過ごすようになります。
しかし、その友人と遊ぶのが楽しかったためか、1日の勉強時間は2時間程度に終わり、センター試験を受けないまま、東邦大学の医学部のみを受けて、1浪目も終わりました。
「模試は受けていないので偏差値の測定は不能でした。一緒に遊んでいた友達とも勉強をしていたので、現役のときに比べたら勉強はしていましたし、成績も伸びていましたが、もう、この年も医学部に合格するのは無理だなと思っていました」
3浪で運命の出会いを果たす
さすがに1浪目で遊びすぎたことを反省した彼は、2浪目で心を入れ替え、寮がある医学部専門予備校に通うようになります。そこで彼は初めて、医学部を目指すことの厳しさに気づきはじめました。
「授業が毎日あったので、5~6時間は勉強していたと思います。ただ、外泊禁止など決まりごとも多かったので、遊びたくて網の目を潜ろうとしていた自分からするとつらい日々でした。そんな環境で勉強していたこともあり、この年は勉強の基礎の基礎はできるようになって、偏差値は50くらいになりました。でも結局、私大の医学部を10校ほど受けて、いずれも不合格でした」
国公立大学の医学部を受験したかったこともあり、この年のセンター試験は5教科7科目で受験するも、6割弱に終わります。
「また一から勉強できるのかと思っていたので、次の年はいけるだろうと思っていました。締め付けられる医学部専門予備校は合わないと思っていたので、仲のよかった先輩に誘われて、河合塾に入ることにしました」
3浪目に河合塾での浪人を決めた彼は、運命の出会いを果たします。
「勉強ができる友達と出会って、仲良くなりました。彼は勉強のやり方や勉強に向かう姿勢を心得ていたので、いろんなことを学びました。彼と話す中で、勉強方法や、人生の中で勉強が必要である理由がわかった感覚があり、そこからめちゃくちゃ勉強するようになりました」
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