アップルを「金融事業」へ走らせた地殻変動の正体 相次ぐ"異業種参入"の裏で何が起きているのか

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これは複雑な規制を遵守し、コンプライアンスやセキュリティ対策を徹底する必要があったためである。堅牢で高いセキュリティを備えたシステムや業務フローを自社内に構築せざるをえなかったことは、他社との連携を困難にする要因となっていた。

しかし、近年の技術革新により、API(プログラムの機能やデータをその他のプログラムでも利用できるようにするための仕組み)を通じて、金融機関が提供してきた機能や商品を第三者が提供できるようになってきた。これにより、利用者は金融機関の支店やウェブサイトを訪れることなく簡便に金融サービスを利用できるようになり、顧客体験が飛躍的に改善されただけでなく、多様な新しい金融サービスが登場しはじめている。

エンベデッドファイナンスに不可欠な3つの役割

このように、金融機能を他のサービスと組み合わせて提供するためには、いくつかの役割が必要となる。その実現に必要な役割とは、「ブランド(Brand)」「イネイブラー(Enabler)」「ライセンスホルダー(License Holder)」の3つだ。これらの役割分担と連携によって、さまざまな業界の事業者が金融機能を効果的に組み込み、利用者に革新的な価値を提供することが可能となるのである。

1つ目の役割である「ブランド」は、最終的に利用者に金融サービスを提供する顔となる存在である。ブランドは、顧客との直接的な接点をもち、アプリやウェブサービスを通じて包括的な顧客体験を設計・提供する。この役割の重要性は、金融機能を既存のサービスや製品にシームレスに統合することにある。

たとえば、メルカリは、出品者の売上金を決済サービスのメルペイに直接連携させ、新たな購入の支払いに利用できるようにしている。このように、ブランドは金融サービスを自社の主要なサービスに巧みに組み込むことで、顧客にとってより価値のある、統合された体験を創出。単なる機能の統合だけでなく、顧客との信頼関係を構築し、ブランド価値を高めることで、従来の金融機関では実現が難しかった新たな顧客層の開拓や、革新的なサービスの展開を可能にしている。

その点において、ブランドはエンベデッドファイナンスのエコシステムにおいて、イノベーションの源泉としての役割も果たしている。

2つ目の役割である「イネイブラー」は、ブランドと後述するライセンスホルダーをつなぐ中間役を果たす。イネイブラーはAPIプラットフォームを通じて複数の金融機能をサービスとして提供することで、ブランドが独自のシステム開発やライセンス登録等の負担なく金融サービスを展開できるようサポートする。ライセンスホルダーにとっても、イネイブラーは多数のブランドと個別に連携することに伴う煩雑さを軽減する役割を果たしてくれる存在だ。

また、イネイブラーは金融と技術の専門知識を融合させ、法令やライセンスホルダーから求められるコンプライアンス要件を遵守することを支援している。たとえば、ウーバーの独自クレジットカードサービスUber Cardは、マルケタのシステムを活用することで、自社でのシステム構築を回避しつつ、法令に準拠したカードサービスを展開している。このように、イネイブラーは金融イノベーションを加速させる役割を担っている。

3つ目の役割である「ライセンスホルダー」は、法的に必要な金融ライセンスを保有し、実際の金融商品やサービスを組成する役割を担う。イネイブラーを介してブランドと連携するが、法的にはあくまでもライセンスホルダーのサービスをブランドが提供する形式をとる。たとえば、アップルがアメリカで提供している預金サービスは、実際にはゴールドマン・サックスがライセンスホルダーとして運営している。

ライセンスホルダーの役割は、単なる法的要件の充足にとどまらない。彼らは金融リスク管理、コンプライアンス、そして規制当局との関係構築において豊富な経験と専門知識を有している。これにより、ブランドやイネイブラーは日々変化する金融規制を直接管理することなく、サービスの開発・運用に注力することが可能となる。

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